第17話 華(はな)やか

文字数 1,777文字

 (きり)の奥にある集落は大陸側の岸に張りつくものだった。

王妃(おうひ)様、最北東の地はこんなにも寂れているのですね」

 馬上のイルミ・ランタサル一行が崖上から見下ろす湾の陸に沿って、点在する小さな木造の家の集落がありヘルカ・ホスティラの声かけに王妃(おうひ)が応じた。

「やっとイウネ族にたどり着いたわ」

 だが銀眼の魔女に手が届いたわけではないとイルミは百も承知だった。

王妃(おうひ)様、警戒を、嫌な感じです」

 テレーゼ・マカイが注意を(うなが)すように一旦(いったん)は引いた(きり)のベールがまた濃厚になってきた。

 だがイルミはこの状況に乗じてあの神出鬼没の魔女が襲い来るとは思えなかった。ルースクース・パイトニサムは4日前の昼に現れたきり、いくらでも襲う機会はあった。

 それなのにアイリ・ライハラを(さら)ってから襲わない理由をイルミは考え続けた。

 会敵した夜、最初に狙ってきたのが自分だったからと目的を勘違いしてしまった。

 あれの狙いはアイリ・ライハラにあったのだ。

 会ったこともなかろう少女をなぜ狙った。あれの英雄伝説は広く大陸に伝わっていると聞く。それを耳にして対抗心を燃え上がらせたか?

 それにどこからでも出入りできる魔女なら間違いなく(わらわ)を殺しにかかるはずであろう。

 崖のつづら折れの細道をイルミを挟んで女騎士が先に、最後を女剣士が務め下りてゆく。

 銀眼が来ない理由はなんだ!?

 3人はイルミの発案によりイウネ族に誤解を与えぬようまるで徘徊者のように粗末で汚い布に身を包み、馬も泥で汚していた。

 大国デアチの王族や騎士だとは知られると恐れおののいた少数民族が非協力的になるやもしれなかった。

 ヘルカとテレーゼは用心深く(ソード)(スキャバード)ごと布に巻き一見しそれとわからないようにしていた。

王妃(おうひ)様、冷えませんか」

「ええ、だから(きり)が出てるのよ。寒くはありません。羽織っている麻布が厚いから汗ばみそうです」

 崖を下りるとさほど馬を進めぬうちに最初の家が白いベールから突如(とつじょ)現れた。

 ヘルカは警戒心の眼差しを向けるだけだが、イルミ・ランタサルは心(いた)んだ。

 ちょっとした風にも倒壊しそうな荒ら屋だった。屋根はあるものの石を並べ載せた釘も打たれてなかろう板が重ね流された粗末なもので、壁板は隙間(すきま)だらけだった。

王妃(おうひ)様、(わたくし)目が(たみ)に銀眼の(うわさ)(たず)ねて参ります」

 そうい言いヘルカ・ホスティラが馬から下りて止めようとした王妃(おうひ)の言葉待たずにさっさと小屋に入って行った。

 寸秒、小屋の中から男女の叫び声が聞こえイルミ・ランタサルは眉根を寄せた。

 (あわ)ててヘルカ・ホスティラが逃げ出すように小屋から出てきてぼやいた。

「な、何を人を見るなり(おび)え声を────」

貴女(あなた)の成りが大きいからですよ」

 そう告げ王妃(おうひ)が馬から下りて小屋の出入り口から中を(のぞ)き込んで声をかけた。

「すみませぬ。旅のものです。この辺りで銀色の目をした女に注意を払うようよそで伺いました。何かご存知────」

 いきなり陶器の(うつわ)投げつけられてイルミは(あわ)(かわ)し難を逃れ、ヘルカが心配して声をかけた。

「大丈夫でしょうか王妃(おうひ)様。この集落の奴は────」

「いいのよヘルカ。銀盤の魔女を怖れるゆえでしょう。他の家に聞きに行ってみましょう」

 そういい、イルミは麻布を羽織り直した。





 聞き回ること7軒目で(わず)かな情報を得ることができた。

「────離れ島のオタラへに魔女を見てなお命を落とさなかった──トンミという初老の男がいるらしいです」

 老婆から話を聞きながらイルミは伝承を又聞きしたものは魔女に命を(ねら)われないのかと疑念が湧き起こった。

 少なくとも集落の他のものらは魔女の話を知っていることになるだろう。それでもこのものらは生き残っている。

 その差が魔女の力の限界を示してるような気がするとイルミ・ランタサルは思った。

「ありがとうございました。これはお礼ですのでお受け取り下さい」

 礼を述べ囲炉裏(いろり)(そば)に置いた背負い袋から王妃(おうひ)は髪飾りを取りだし老婆に渡そうとした。

 老婆は受け取ろうとだしていた手を髪飾りを見るなり引っ込めて(かぶり)振った。

「ご遠慮なさらずに────」

 王妃(おうひ)謙虚(けんきょ)(たみ)だと受け取るように(すす)め差しだす手を(わず)かに老婆へ動かした寸秒老婆から警告された。



「目立ってはいけない。銀盤の魔女がやってくる」



 イルミ・ランタサルは手のひらに乗せた孔雀(くじゃく)の羽根の髪飾りをじっと見つめ何かをつかみかかり顔を強ばらせた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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