甲冑に身を固めた男ら60人余り。
重装備の近衛兵57人と騎士6人に取り囲まれ
剣を向けられていた。
兵士らが
刃を向けている中央に細身の若い女性が2人いた。それらが互いに背を向け合い立ち並ぶ姿は鏡に映し出される
如く等しく
兜の下から金の様な波打つ美しい髪を肩下まで広げ、その黄金を引き立たせる珍しい紫の
甲冑を身に付けていた。
女の1人が兵士らに告げたのか、2人が声を
揃えたのかわからぬ様な透き通った声を放った。
「覚悟して参られよ」
呼応する様に一斉に57名の近衛兵が数歩踏み込み
各々の構えで
剣を振るう
一閃────2人の女が金の前髪から瞳を
覗かせた。
血よりも赤き
怨念の虹彩が揺らめいた。
踏みだした男らが見たのは双子の女が唇を大きく開いた姿だった。一瞬で左手に握る円形の
盾は真っ二つになり右手に構えた
剣が砕け散った。それだけでなく
甲冑に護られている手足首から
血飛沫が吹き出し隣り合う兵を染め上げた。
寸秒で総崩れになった近衛兵らの後ろにいた6人の騎士すらも無事ではなかった。
鞘から
長剣を引き抜こうと握る
篭手の
甲冑が裂けそれぞれの個性
溢れる装飾の施された
胸当に
罅が走りその場に片
膝をついた。
だが1人────黒の下地に銀の縁取りが入っただけのシンプルな装飾の
甲冑を着た騎士が無事に立ち残っていた。
黒の騎士は
大剣を引き抜き
相似の女らに
刃でなく側面の
樋(剣の側面に彫られた
溝)を向け構えていた。だが黒の騎士のそれの
樋はただの
溝でなく、その谷間に沿って一続きの赤い魔石が埋め込まれ脈打つ様に
鍔から
刃口へ向けて明滅していた。
類同の女2人が
朱き横目を
絞り黒の騎士を
睨み据え開いた唇の形を変えると、黒の騎士の
大剣──その
刃が激しく揺れあろう事か金属である刀身が波打ち始め闘技場の内塀がぼろぼろと砕けだした。
「そこまでじゃ!」
相似の女らと黒の騎士が顔を振り上げた。
闘技場の高座にある閲覧の席に座るデアチ国の元老院の
長──サロモン・ラリ・サルコマーが広場に立っている3人を見下ろしていた。
「お前らの試合はいつも殺し合いだ。見てみよ練習台が幾らいても足りぬ。だが第2騎士──ヴォルフ・ツヴァイクそなたが振るう魔剣はシーデ姉妹に砕かれたとなると、マカイのシーデを反逆罪に問わなくてはならぬ。そなたの剣は国宝ゆえな」
皺と
染みが競い合う
痩せた長老に言われ黒の騎士は魔剣を
鞘に戻しマカイ家のシーデと云われる姉妹は
頭を
垂れた。
塀の数カ所にある出入り口から担架を手に倒れている近衛兵や騎士よりも多いもの達が駆け足で救護に入ってきて手当てをしだした。それをシーデ姉妹は横目で見つめていると妹のテレーゼ・マカイが澄み渡る声で元老院の
長に問うた。
「我ら2人して一瞬3千騎の敵兵士を倒せる。シン・サルコマー、それを知りながらなぜ
故に我らに部隊を押し付ける!?」
間をおいて元老院の
長がシーデの妹へではなく黒の騎士に
尋ねた。
「3千騎────聞いたかナイツ・ツヴァイク」
黒の騎士が無言で
頷いた。
「ナイツ・ツヴァイク──東のイモルキとの3日間戦争でお前が出陣したのはただの1度。4方面から我ら軍団が攻め行った──それで間違いないか?」
またしても黒の騎士は
頷いただけで声にはしなかった。
「敵1万3千騎をなぎ倒しイモルキの
譲歩を引き出したのはお前の
手柄か?」
「滅相も御座いません。率いた3万の兵と素早い伝令による働き」
元老院の
長サルコマーは
頷き話を
相似の姉妹に振った。
「テレーザ、テレーゼ──お前達はマカイのシーデ──死を
齎し叫ぶものと敵軍に恐れられておるようじゃが、戦況は一点にしてあらず。お前達マカイ家のものとあれど、同時に多方面から押し寄せる敵を
屠れまい。真の手足となる兵を育て率いてこそ
驍将。我が軍には幾名かの勇猛な騎士はおるが、末端の兵士は寄せ集めに過ぎぬ────マカイのシーデと敵大軍に真に
畏れられる騎士となれ」
双子の女騎士は
片膝を地面につき
頭を下げた。
「御意、サー・サルコマー」
元老院の
長サロモン・ラリ・サルコマーは言葉に重きを与えるためによく話しに間をおく。黄金色の髪を垂れじっと
堪えたテレーザ、テレーゼ姉妹はあまりにもサー・サルコマーが間をおいたため妹のテレーゼが
僅かに顔を上げ、隣で姉のテレーザが小声で
窘めた。
「おやめ──テレーゼ」
テレーゼが前髪の間から赤い虹彩で見つめた元老院の
長の横に伝令部隊の
兜を脇に持った兵が
片膝をつき何かを報告していた。
「姉様、外に動きが」
戦かと姉のテレーザもそっと顔を上げ前髪の間から
覗いた伝令兵の
兜の羽飾りから南軍のウチルイ方面隊のものと知り属国で
謀叛かと
俄かいきりたった。
いきなり元老院の
長が顔を戻し向けたので姉妹は
慌てて頭を下げた。
「マカイのシーデ、ウチルイ国境を越え
密偵が入り込んでおる。
足速の兵40を従え捕らえてまいれ」
「
御意」
返事をし立ち上がったマカイのシーデ姉妹が紫の唇を不気味に吊り上げた。