第5話 あんぽんたん

文字数 1,875文字

 ちがう──違うんだぁ!

「ご、強盗じゃねぇ──」

 アイリ・ライハラが思わず口にした直後、隣にいる元異端審問官が訂正した。



「言ったのはぁ────────こいつです!」



「お前ぇえ!!!」

 一瞬意味を考え(あご)を落としたアイリが横へ顔を振り向けるとヘッレヴィ・キュトラが言い切っただけでなく指さしており、少女は顔を引き()らせ(わめ)きだした。

「と、盗賊をやろうとは、い、言ったけど、ご、強盗を、や、やるとは────」

 裏路地の窓や勝手口から2人を見ている町民がぶつぶつと(ささや)き始めるのが聞こえてきた。

「強盗ってあいつのことか?」

「まぁ、あんな小さいうちから悪いことをしてるんですって」

「悪人顔してるぞ」

「こわいこわい」

 その(ささや)きが耳に届き、少女はオロオロしだした。

 それに勢いづいた元異端審問官は指向けていた腕を1度引きブンと(うな)らせ少女に向けまた指さし宣言した。



「こいつはぁ────────盗賊です!」



 な、なんてことを! 火に(たる)で油ぶちまけやがって、とアイリは思考が止まり咄嗟(とっさ)にボロが出た。

「ち、違うんだ。飯を奪うとは言ったけど、まだ何もやってなくて──!」

 あ! 馬糞踏んづけた!

 最悪だぁ。もう言い逃れできねぇ。

 アイリはどっと脂汗が吹きだした。切羽詰(せっぱつ)まり取れる方法は2つあると意識の片隅で思った。開き直るか、雲隠れするか。少女は後退(あとず)さるとくるりと向き変えて走り始めた。

「あ! 逃げたぞ!」

「逃げたわ!」

 湧き起こる声をさらに(あお)る声が響いた。



「あのものを逃してはなりません。町民の敵、亡国の賊兵、親の(かたき)(みな)さんに強盗、窃盗、追い()ぎと不幸を(もたら)します!」



 あの大馬鹿やろう! お、俺に(うら)みでもあるんかぁ!? もの凄い言われようだと少女は腹立たしく思っても逃げだしたが最後走り続けるしかなかった。

 背後から人々が走りだす音が聞こえアイリは捕まると魔女裁判よりもひどい目にあうと懸命に駆けた。

 とっぷりと陽の落ちた裏路地の先に十字路が見えてきてアイリは考えもなく左に駆け込んだ。曲がっても立ち止まるわけにはいかない。

 それでもいつまでも走っていられない。

 いずれ疲れはてるか、袋小路に追い詰められる。

 アイリ・ライハラは足を繰り出しながらすっかり暗くなってしまった路地に隠れ場所はないかとキョロキョロ見まわした。

 干されっぱなしのシーツ。

 ダメだ駄目! 足が丸見えだ。

 放置された木箱。

 開けられて引き()り出されるが落ちだ。

 もの凄い足音が聞こえてきてアイリは走りながら振り向くと半端ない数の人々が見え先導して走る女が腕振り上げ(わめ)いた。



「はあはあはあはあ、み、(みな)さん! い、ぜえぜえ、いましたぁ! あそこに居直り強盗が、はぁはぁ、走っています!」



 指さされ転びそうになった少女はヘッレヴィ・キュトラへ怒鳴り返した。

「い、居直り(・・・)強盗!? 勝手にレヴェルアップさせるなぁ!」

 指さした元異端審問官がぜえぜえ言いながら対抗するように(あお)り立てた。



(みな)さん! あれこそが居直り! まさしく居直り強盗!」



 意味が違うだろうがぁ! 言い返す余裕もなく引き()った顔を振り戻した少女は(あご)を突きだして次に見えた角を左に回り込んだ。そのとたんに一軒の家裏に子馬が(つな)がれているのが見えた。

 そうだ! あれに乗って逃げるぞ!

 走り寄りその家の勝手口(そば)(くい)(つな)がれたロープを解こうとしてつかんだアイリは子馬の顔を見て(あご)を落とした。


 ろ、驢馬(ロバ)じゃん! こいつじゃ走らねぇ!


 (あわ)てて離れようとした少女はいきなり驢馬(ロバ)に蹴り飛ばされ向かいの家の勝手口横にある(たる)に尻から落っこちた。

 (ふた)はなく水飛沫(みずしぶき)を飛ばし()まっていた雨水に沈んだアイリは浮き上がるに上がれずもがいていると地響きが伝わり、追っ手が走って来たのだとじっと我慢した。

 その振動も徐々に弱まり、(たる)の縁をつかもうとしてじたばたしていると息が続かなくなった。

 必死に揺すって(たる)を倒すと水が流れ出しやっと息できた少女がもそもそと出て来ると、曲がり角を遅れた市民が1人走ってきてアイリは(あわ)てて逃げだそうと()いつくばった。

「ぜえぜえぜえぜえ、あ、アイリ────貴君──ひゅーひゅーひゅー」

 聞き覚えのある声に肩越しに振り向いたアイリ・ライハラは開いた口が(ふさ)がらずに見つめると元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラが腰を折り両膝(りょうひざ)に手をついて荒く息を吸い込んで提案した。



「ぜえぜえぜえぜえ、さ、さあ、! ひゅーひゅーひゅー、ま、街のものは(みな)北側へあなたを探しに行きました。はあはあはあはあ、い、今ならどこでも好き放題に食べ物を選べますよ!」




 頭回るって怖えぇぇぇ!





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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