第6話 詭弁(きべん)王女

文字数 2,021文字

 長い廊下を歩かされ豪勢で大きな部屋へイルミ王女に連れ来られたアイリは王女にソファへ腰掛けるように言われ座りかけ腰に両手を当て言い返した。

「凄いもの見せたら帰すと言ったじゃないか!」

 言い終わると侍女(じじょ)数人が部屋へ来た。

「王女様、お召しものをお換え下さい。その様な汚れました姿で歩き回られては、困ります」

「アイリに靴を──わたくしは父に報告を済ませてから着替えますので構いません」

「このものに靴ですか?」

 歳嵩(としかさ)侍女(じじょ)長レニタが少女を一別し眉根をしかめた。

「そうよ早くしなさい」

 イルミ王女が少しきつめに命じると侍女(じじょ)長と他の侍女(じじょ)が一礼し部屋を下がった。そうして人払いするとイルミ王女が声を小さくしアイリに話しだした。

「お願いがあるの」



「嫌だぁ」



 アイリが無碍(むげ)に断ると王女は瞳を丸くして口をあんぐりと開いた。

「聞きもしないで!」

「あんた約束守らないじゃないか」

 ブスッとした表情でアイリは言い放つとソファにどんと腰を下ろした。

「わたくし約束は守りますわ」

 両腕を下に目一杯伸ばし(こぶし)を握りしめイルミ王女は少女に言い返した。

「じゃあ、帰らせてよ。あっ──忘れないで、城までの御者(ぎょしゃ)手間賃と護衛費用──5000デリ(:現代貨幣で2万円ほど)」

 ソファでアグラを組みアイリは王女へ右手をだし請求した。

「5万デリ出します。お願いを聞いてアイリ」

 金額を聞き少女は露骨に驚いた表情になった。5万デリといえば親父(オヤジ)が月に稼ぐ金額じゃあないか。護衛や御者(ぎょしゃ)手間賃の5000ですらぼったくりみたいな金額だから王女が困って放り出すと思ったのにとアイリは眼を寄せて思案しそうして王女に尋ねた。

「ほんとに、話しを聞いたら5万なのか。聞くのに『ハイ』と返事するが、他の申し出を受ける『ハイ』というのと違うぞ」

 とたんにイルミ王女はソファへ背を向けブツブツぼやいた。

「ぬぅぅぅっ──なんて勘の鋭い小娘なの──可愛げのない!」

 イルミ王女は顔の前に右手のひらを上げ指を妖しく動かしその指を握りしめ己に決意させた。

 なんとしてもこの子を手に入れる!

 王女は笑顔で振り向くとアイリに尋ねた。

「ではお話を聞いてくださるのね」

「ああ、話しを聞くだけだぞ」

 アイリが承諾(しょうだく)すると、様々な小箱を積み重ね両手で前に支える侍女(じじょ)達が部屋に戻ってきた。

「王女様、このものの靴をご用意(いた)しました。」

 そう王女に申し上げ侍女(じじょ)長レニタが頭を下げた。そうしてアイリの前にゆくとおもむろに少女の足をつかみじろじろと見回した。

「大きさ38の靴を(:日本の女性用靴24.0サイズです)」

 侍女(じじょ)長がそう告げると、他の侍女(じじょ)達はしゃがみ小箱を床に置き幾つかの蓋が開かれ靴が取りだされた。それらを見てアイリは驚いた。どれも舞踏会で履くような派手なハイヒールだった。思わず少女が足を引っ込めると侍女(じじょ)長が上目遣(うわめづか)いにアイリを(にら)みつけた。

「ぶっ──ブーツ──短い目の──ないの?」

「ございません」

 アイリがイルミ王女に困った顔を向けると王女が一言命じた。

「レニタ、望みの靴を」

 その命令に侍女(じじょ)長は他の侍女(じじょ)へ顔を振り向け(つぶや)いた。

「ここにはございませんが──ある所にはあるものです」

 眼の合った侍女(じじょ)の1人が慌てて(みな)に一礼し部屋を急ぎ足で出て行ったが、侍女(じじょ)長が反抗心を誰にともなく(しゃべ)りだした。

「そもそも王家に応接間にこのような見窄(みすぼ)らしい市井(しせい)の下層階級者を入れるなど家門に相応(ふさわ)しくない──」


「お止めレニタ。それはアイリを近衛兵副長として召喚したわたくしへの侮辱(ぶじょく)ですよ」

 聞いていたアイリは侍女(じじょ)長の辛辣(しんらつ)な言葉も、イルミ王女が(かば)ってくれているのもわかったが、いつ自分が近衛兵副長に召喚されたのだと眼を丸くした。

滅相(めっそう)もございません。ですがイルミ王女様、世間体(せけんてい)はそうは──」


「レニタ! このアイリ・ライハラという逸材はどこに出しても(みな)が納得できるものです。決して平穏な時代でなき今、貴女(あなた)に戦場を駆け回らせるような愚行をわたくしが行うなら、それこそ世間はわたくしへ後ろ指を差しこう言うでしょう──」


「間抜け王女だ! ──と!」


 アイリは王女の立て板に水のような言い回しに腕組みして感心した。侍女(じじょ)長を引かせてなお彼女のプライドを守るために自分を出してその権威を(たた)えさせる事で納得ずくで口を止めさせようとしている。

 部屋を出て行った侍女(じじょ)が別な靴を(たずさ)え戻ると、レニタ侍女(じじょ)長は抗弁を止めそれを受け取り少女へ振り向き頭を下げた。

「ご用意致しました。こちらがお望みの靴であるならば、どうか御々足(おみあし)に合いますかお試し下さいませ」


 両手に載せられた靴は柔らかそうな焦げ茶色のハーフブーツだった。その靴を手にしてアイリは自分で履いてみると自分のために作られたようなフィット感につい口走った。


「入る、ピッタリだわ」


「そう──近衛兵副長として属してくれるのね。しかも自分に適職だと」



 アイリ・ライハラは唖然とした表情でイルミ王女へ腕を振り上げ指差した。


「てっ! てめェ!!!」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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