第5話 駆け引き

文字数 1,451文字


「何だこりゃぁ!?」

 カーペットに座る込んだアイリ・ライハラは自分の首に回された首輪を退()()がそうと指を食い込ませ叫んだ。

「さあさあ皆さん、おくつろぎを」

 首輪と苦闘する少女を盗み見ながら女暗殺者(アサシン)イラ・ヤルヴァの養父である公爵がそう告げ、ソファにまずイルミ・ランタサル王女が腰を下ろし、騎士団長リクハルド・ラハナトスに女騎士ヘルカ・ホスティラが別な4人掛けのソファを勧め自分はソファの横に楽な姿勢で立った。他のものもそれぞれ椅子を選び侍女(じじょ)ヘリヤは王女のソファの斜め後ろに両手指を体の前でそろえて(うつむ)いた。

「おいでアイリ」

 そう言ってイルミ王女は自分の横のクッションをぽんぽんと手で(たた)いた。

「人をわんこ(・・・)みたいに呼ぶな」

 アイリがそう言い返すとイラの養父が驚いたとばかりに口を差し(はさ)んだ。

「これはこれは、その少女と主従関係が交わされているものとばかりに思ったのですが、そうではないのですか? それとも(しつけ)ができてないと。わたくしの元で────」

 急にイルミ王女がころころと笑った。

「あれはまだ忍従を学んでいる最中です。失礼がありましょうがお気になさらず」

「だぁ、誰が奴隷だぁ!?」

 イルミ・ランタサルはおやと内心驚いた。『忍従』を『奴隷』に結びつけたのはアイリの直感か? だが公爵の本意を知るわけがない。そこまで人生を歩んではいないのだから。

 そう思う王女に怒鳴りながらアイリが()め寄ると王女はすまし顔で命じた。

「これ! 皆さんに失礼でしょう。(わたくし)の足元にお座り!」

 高飛車に言いイルミ王女がそろえた(ひざ)元をぽんぽんと(たた)いた。その右手と逆の手に革製の綱が握られておりそれが自分の方に伸びているのを気づいた少女はその繋がった先を眼で追い自分の首へと視線を()わせ(あご)を落とした。

 そうだ。首を引っ張られもんどりうったんだ。

 り、リードをつけられた────!!

 アイリ・ライハラは唐突にリードの輪の握り手を持つイルミ・ランタサルがその指を妖しく(うごめ)かしているのを気づいた。

 少女は彼女が何かしらの魂胆(こんたん)を持ち自分を子犬の様に扱おうとしていると思った。寸秒、アイリ・ライハラは王女のそろえた脚の横へ行きカーペットに正座した。

 そのやり取りを黙って見ていた女騎士ヘルカ・ホスティラは顔を引き()らせていた。

 君主がまたおかしな事をしている。

 それにプライドの塊みたいな少女が急に王女に従順になった。何が起きているんだ!? 公爵と見えざる鍔迫(つばぜ)り合いしている様にも感じるのはなぜだ!? わからん! 何が!?

 不穏な雰囲気が下りているリビングのドアが開いて一同は顔を出入り口へと向けると執事のユリウスと数人のメイドがトレーに茶具を載せ立っていた。

「只今、お()()しの準備をしております。それまでおくつろぎ頂けますよう紅茶とお菓子をお持ち(いた)しました」

 男(もど)きの執事がそう告げるとイラの養父が尋ねた。

「ユリウス、お茶うけに何を用意したんだい?」



「はい。トドの睾丸──丸干しでございます」



 耳にした瞬間、イルミ・ランタサルは顔を背け眼を寄せ唇をへの字に曲げ、(ひざ)元にいるアイリ・ライハラが笑顔を浮かべた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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