第10話 ないがしろ
文字数 2,043文字
宿で一夜をすごし鋭気を養ったイルミ・ランタサル一行は、翌朝ウチルイ国で1、2を争う大きさの街を後にし西へ6時間荷馬車に揺られラビレス迷宮という地下深くに続く鍾乳洞へ向かった。
その魔物が巣くうとギルドの受付嬢から教えられた洞窟は入り組んだ谷の一角にあり、迷宮どころかその周囲に広がる森を抜けただけで人の身の丈ほどもある動物のなりの果ての魔物がうろついており、彼女らは数十体倒さなければならなかった。
洞窟の入口らしきものが見えて、そこは広く人が10人かたまっても入れるほどだった。
「あそこでしょうかしら?」
操馬台に座るイルミ王女が馬調教用の鞭でさす方へ手綱を握るアイリ・ライハラが視線を向けると入口にまるで見間違うなとも言わんがばかりの大きな立て看板が打ち立てられていた。手前にそれぞれが荷馬車を止め木々に馬の手綱を縛りつけ、立て看板に皆が集まりそれを見つめて唖然となった。
──ここに入るは阿呆なり。目先の欲に眩んだものは生きて地上に戻れると思うな──
「まあ! 紅き宝玉を求めるものが後を絶たないのでこの様な警告を!」
イルミ王女がそう言うとアイリはぼそりと呟いた。
「違うだろ──ただの嫌がらせだぁ」
荷馬車ほどもある大きな立て看板は入口正面を塞ぐように立てられている。
「王女、こうやって洞窟から魔物が溢れでるのを防いでいるのでは?」
女騎士ヘルカ・ホスティラがさもありなことを付け加えるとアイリがまたぼそりと呟いた。
「こんなぺんぺら板と杭1本でどんな魔物を防ぐんだよ」
少女が揺すると簡単に手前に倒れ皆は眼を丸くし飛び退いた。
「邪魔なものもなくなり、さあ! 挑みましょう!」
馬調教用の鞭をぶんぶん振り回しずかずかと入ろうとする王女の腕を引っ張り女騎士ヘルカ・ホスティラが引き止めた。
「お待ち下さい王女、まずは陣形を整えませんと。我々騎士団がイルミ王女と侍女ヘリヤを囲み護ります。近衛兵アイリ・ライハラが先陣──露払いを、イラ・ヤルヴァが後陣を固めます」
得意げに話す女騎士を醒めた視線で見つめる近衛兵副長はぼそりと呟いた。
「それってお前らを私とイラで護れと同義語じゃん」
女騎士ヘルカは腕を振り上げ少女を指さし怒鳴った。
「きっ、貴様! 近衛兵の務めをはたさぬつもりか! この臆病もの!」
とたんにアイリが右腕を振り上げ女騎士を指さし数歩詰め寄った。
「お前、今、俺のことを『臆病もの』と言ったな! 言ったよな!」
アイリの下げた左手に女暗殺者がすかさず自分の武器──バラ鞭を掴ませ反射的に少女はそれを振り上げ声を荒げた。
「聞かせてもらおうじゃないか! 俺様のどのあたりが臆病ものなのかを!」
「貴様! 貴様のそんな愚劣なものを振り向ける性根が愚劣だと言っておるのだ!」
アイリは突然左手に握るものが何なのか気づき眼を丸くし、咄嗟に女騎士ヘルカへ放り投げ騎士はそれを猫じゃらしにとびつく猫のようにつかんでしまった。
「ほほぉ! 近頃の蛮勇の騎士は剣に代えてぇ、そんな愚劣なもので敵を倒すんだぁ! ところでヘルカ! お前、それ見て愚劣と言ったよなぁ! 貴高い騎士様が何に使うか知っての事だなぁ!」
女騎士ヘルカ・ホスティラは手にしたものに顔を赤らめアイリにバラ鞭を投げ返すと少女は身を躱し後ろでイラが受けとめた。
「貴様! 我を愚弄したな! 我をハメタな!」
一向に止まない低レベルの争いに終止符が打たれた。イルミ王女が素早く2人の間に割り込み馬調教用の鞭で2人の頭を叩いた。
「お止めなさい! 2人が先に洞窟へ入る! 良いですね」
「いいだろう──臆病じゃないのを見せつけてやる!」
「望むところだ! 本当の貴高さを拝ませてやる!」
アイリ・ライハラとヘルカ・ホスティラは肩をどんどんとぶつけながら洞窟へ入って行った。
イルミ王女はその後ろ姿を見つめ肩をすくめ侍女ヘリヤに告げた。
「あの子ら臆病とか貴高いとかの前にバカよね。ヘリヤ、街で買った発光石を出してちょうだい」
侍女ヘリヤが王女へ陽の下でも眩しいほど輝く石を手渡すと、洞窟の中からまた口喧嘩が聞こえだした。
「お前ぇ! わざと足を踏んだなぁ!」
「貴様こそ! 故意に我の足を引っ掛けたな!」
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