第8話 運命の糸すじ

文字数 1,743文字

 凍らせた12本の骨を占卓(せんたく)に投げ広げた。

 それを9人の家臣(かしん)らは取り囲んで見つめていた。仕組みはわからない。だがこの女はこの12の骨で先を占うばかりか、人の身の振りを左右する。

 数週間前に突如(とつじょ)イモルキのスプリウム城に現れたこの女は主柱に取り入り数人の占い師や魔導師(ソーサラー)を退けた。

「北の武国より娘の青が向かってくる。父の意趣返しを成就(じょうじゅ)せんがために」

 それを聞いてイモルキの家臣(かしん)であり家老であるクリフトン・フロストは巫女に(たず)ねた。

「して巫女よ、その男と娘の名は?」


「男の名はクラウス────クラウス・ライハラ。青い髪の娘アイリ」


 クラウスの名に家臣(かしん)らはあからさまに動揺した。王制を転覆させ主柱を頂点とする現政権を立てたさい王制転覆の責を被せた男がまだ生きていた。

 王制転覆の名目──人身御供が必要だった。

 それを娘であり、デアチ国の騎士団長が私兵を連れ意趣返しにくると巫女はいう。

「青はスプリウム城に入り込みお前たち家臣(かしん)7人と手を貸した騎士11人を亡き者にせんと向かっている」

「10に満たぬその娘ら──兵を配置し迎え撃てばよい」

 クラウスに濡れ衣を着せ追放した家臣(かしん)の1人ザカライア・オーモンドがそう言いだした。

「あの時、追放などではなく処刑しておればよかったのだ」

 これも強硬派の家臣(かしん)オズワルド・サングスタの言いぐさだった。

「王の子飼いだったクラウスを処刑にはできなんだろう」

 家臣(かしん)の中にも恩情をかけるものはいた。

 巫女が散らばった幾つかの骨を動かしひっくり返した。

「青に紅の3連火が立ちはだかり、(われ)が手をかす」

 家臣(かしん)の半数が驚いた。

「あんた占いだけでなく魔導師(ソーサラー)なのか」

 老獪(ろうかい)に問われ巫女は鼻で笑った。

(われ)は先日、青と()り結んだ」

()り結んだ!? 騎士とか? あんたいったい何ものなんだ」



(われ)は目の色から魔女と言われている」



 白い長髪の合間から見上げる銀眼が老人を見据え紫の唇を吊り上げた。





「アグネス、繁盛してるか?」

 パン(かご)を上げてみせてアグネス・ノードリーは微笑んで返事した。

「ミルさんが買ってくれたら繁盛なんだけどな」

「夕方に大きいパン2つ届けてくれや」

「ありがとうございます!」

 アグネスNは父の後を継いで3年になる。パン屋をいとんなんで生業(なりわい)にしている。ここ城都では色んな職業があるが食べ物の仕事が楽な商売だった。

 もの心つかないころ父に預けられ育てられた。

 預けた人が誰なのか、本当の親なのかも知らない。

 だが育ての親を本当の親のように慕っていた。

「配達ありがとうな」

 届け先の亭主に礼を言われアグネスはぺこりとお辞儀すると礼を述べた。

「お買い上げありがとうございました」

 いつも陽気に。それがアグネスの信じている生き方だった。首に下げている金属糸で(つな)がれた翡翠(ヒスイ)の玉がその生き様を(たた)えているようでいつも元気になる。

 空のパン(かご)を頭に引っ掛けて後ろに下げて帰ると母が出迎えてくれた。

「きょうはいつもより売れてるね」

 そうアグネスが言うと母が返した。

「あらそうかい。忙しいのはいつものことだけどね。さああとひとがんばりしたらお昼にしようかね」

 それから母がいうように店にお客が続きアグネスはてんてこ舞いした。


 アグネスはいつも思う。早世した父様の分、母様(かぁさま)に長生きしてほしいと。忙しい方が身体にはいいと街の人は云う。でもアグネスはいつも母様(かぁさま)に楽をさせてあげたいと願っていた。


 その運命が(みやこ)に向かっているとはまだ少女は知らなかった。

 17歳────イルミ・ランタサル王妃(おうひ)と同じ歳の街の娘は王族の血を引いていることを知らなかった。





 陽が傾き夜営するのに都合良い林を見つけたアイリ一行は早めに馬を休めた。

「一番歩哨(ほしょう)は俺が立つ」

 そう言ってアイリは(みな)から離れた。その見張りにテレーゼ・マカイが寄り添った。

「アイリ殿、どうされたのですか。イモルキが近づくにつれて思い悩まれているようにみうけられます」

「テレーゼ、実は父の怨み晴らしにいくだけではないんだ」

「なにがおありなんです?」

「父を追い込んだその理由を探しに行くんだ」

「長けた魔導師(ソーサラー)で、卓越の剣士だと嫉妬(やっか)みもあったと思います。人は頂点に集まり、引き下ろそうとしますから」

 アイリは(かぶり)振った。



「そんな単純な理由でイモルキを()われたのではないと思う」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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