第27話 未踏の領域
文字数 1,842文字
このやたらと動きの速い小娘は何だ!?
この青髪を振り乱し諦めずに襲いかかってくる小娘は何だ!?
多くの魔物を殺し得た朱石を打ち込んだ魔剣──ルーハウソギン────赤の斬首は敵対するものの首を狙い外さぬ。
これまではそうだった。
だが目の前のマカイのシーデ達の長剣を自在に振り回す小娘は、すでに数度も斬首剣の刃を退けた。
両手で握る3782の首を刎ねた剣が震えている。
お前は怖じ気づいたのか?
それともお前は歓喜に震えているのか?
魔剣よ────答えを見せろ!
直後、何かを呟き残像を残し消えた小娘を追って黒の騎士は初めて積極的に攻めようと鉄靴を交差させ踏みだした。
どれだけ素早かろうと、小娘は呪いの剣を握りしめている。その死の変色が身体を覆えばあるのは死のみ。
黒の騎士は大剣を小娘の残像が連なる方へ横様に加速させた。
だが呪いでお前が命落とす前に我が魔剣ルーハウソギンに血を捧げよ! 首を引き裂けさせよ!
目で追えぬとも、数千の魔物の結晶がお前の首を喰らおうと腕振り回すよりも速く空を斬る。
魔剣が重さを打ち消した瞬間、両腕が引っ張られ小娘の残像の先へと駆けた。
一瞬、ほんの僅かな寸秒に、小娘の残像がぶれをなくし上半身がはっきりと見えた。
小娘は我の背後に回り込もうとしている。
後ろを取っても無駄だと1度思い知ったはずだ。
小娘が顔を振り向け────。
舌を出して嘲った。
その項に刃が追いつき黒の騎士は怒りに両腕へ力を込め大剣を振り切った。
か細い首へ剣が食い込み頭が後ろに跳び堕ちる。
「残念だったな」
女の声がすぐ耳元の兜の際で聞こえ黒の騎士は兜のフェイスガード下で顔を引き攣らせた。
一閃、男は首の後ろに衝撃を受け、目の前を顎下から現れた2口の刃が遠ざかるのを目にした。
黒の騎士が最後に目にしたのは、フェイスガードの横から身体をスピンさせ躍り出た小娘の姿。そして急激に遠ざかるマカイのシーデらの赤く染まった刃。
ゆっくりと闘技場が傾いて暗くなる視界に砂敷の地面が迫った。
黒の騎士の後ろを取れると思っていた。
1度、後ろにつけたのだ。
黒の騎士が握る魔剣は首を狙い走る力がある。それに黒の騎士が窮地に陥ると勝手に護りに振る舞う。だから兜のフェイスガードから見える限られた視界の外へも黒の騎士が振り回さずとも剣自体が走る。
だけど────。
その剣は1つ。
餌へ向かわせ、背後からもっとも遠い時に黒の騎士の首を狙われたら────奴は破綻する。
ほぼ同時。一瞬よりも短い一閃に──残像が僅かにも残像だと見える前に背後に回り込むには、越えたことのない領域に踏み込まなければ。
アイリ・ライハラはこの加速の階段の登った事のない高みに足をかけた。
「トゥエンティ・ファイブ・ステップ!」
黒の騎士へ振り向き舌を見せた直後、少女は経験を飛び越えた。
闘技場がねじれ、デアチ国の兵士らや、黒の騎士、荷馬車のイルミ・ランタサルの驚いた表情何もかもが引き伸ばされアイリは自分の残像を初めて眼にした。
刹那、眼の前に無謀な騎士の首が視界の中心に急激に固定されたその時、少女は移動の勢いをすべて身体の回転に転換した。振り回す2口の長剣が追いかける様に黒の騎士の兜の付け根に食い込みアイリは相手に宣告した。
「残念だったな」
両手に張りついた剣が勢いに手から抜けるなど思いもしない。そのまま振り回してゆく長剣に引っ張られスピンしながら黒の騎士の肩際を通り抜けた。
着地した両脚がねじれ、立ち止まる事ができずに砂埃を巻き上げ派手にひっくり返った。
「痛ぇええええぇ」
呻きながらアイリは右手の剣を砂敷について顔を振り向けた瞬間、首から上を失った黒の騎士が両膝を地に落とし前に倒れた。
第2騎士──ヴォルフ・ツヴァイクが小娘に倒され千に近い騎士や兵士らの動きが止まった。男らが息を呑む音が聞こえると思いながら少女は立ち上がり足を交差させ見まわすと、次々に兵士らが剣を放棄し始めた。
肘掛けを握りしめた両手を震わせていた。
元老院長サロモン・ラリ・サルコマーはまさか小娘に第2騎士が倒されるなど思いもしなかった。
腰を浮かし逃げだそうとする醜老の横で包帯に包まれた宮廷魔術師が彼に告げた。
「ご心配なくサルコマー殿。あのものを加護する聖霊を縛りつけただの小娘にして見せましょうぞ」
そう告げ、息苦しい顔の包帯に指をかけ引き破った裏の魔女キルシは犬に食いちぎられた鼻を露わにして引き攣った笑みを浮かべた。
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