第17話 災厄(さいやく)

文字数 2,120文字


 山の急な斜面を転がり落ちてきた岩石の怪物が2体。狭い山肌の道──前後にサイクロプスほどもあるそいつらに(はさ)まれ進も退()くもままならなくなった。

 魔女討伐隊(とうばつたい)全員、(くら)から下りたものの戦うスペースを作るため馬を山道から落とす手はずがそれどころではなかった。

 抜刀(ばっとう)し先頭にいるアイリ・ライハラ側と、最後尾の女剣士ウルスラ・ヴァルティアの方へ馬に張りつくようにすり抜け押し寄せた大半の騎士が道の狭さで身動きできない状況だった。

 真っ先にテレーゼ・マカイが呪いの叫び声を後部に迫る狂戦士(ガウレム)に数回浴びせたが、(よろい)()り刻むバンシーの呪い声も岩石の怪物の表皮を(わず)かに()いだだけだった。

 一方、アイリは岩石の怪物に突進し数太刀(すうたち)浴びせ騎士らの方へ跳び退(しりぞ)いた。

 以前、故国ノーブルのディルシアクト城に現れた岩石の怪物は曲がる関節部分が弱かったので手足を()り落とせた。だが、眼の前の背丈で倍近い狂戦士(ガウレム)は腕、(ひざ)を覆う鉄鉱石のガードが守っていてアイリの(やいば)がすべて弾かれた。

 1つ幸いにも大きさが(わざわい)するのか、2体のガウレムは動きが緩慢で手足の可動範囲が狭かった。

 進み出る怪物に合わせ引き下がる騎士らに馬たちが押されて崖側(がけがわ)に落ちそうになり(いなな)いた。

「アイリどの(われ)に任せよ!」

 アイリのすぐ後ろにいるイルブイの女大将ヒルダ・ヌルメラが大声で告げアイリを(かわ)し前に出ようとした。

「ダメだヒルダ! この石像の魔物はとんでもなく強い! 力()くでは勝てんぞ!」

 ディルシアクト城に現れイルミとランタサル王を狙った狂戦士(ガウレム)は一瞬で5人の騎士や近衛兵を殴り飛ばしていた。それよりも背丈で倍もあるガウレムの腕力を(あなど)ったらそれだけで命失ってしまうとアイリは思った。

 押し合いへし合いする馬たちが(いなな)く声の合間に呪いの叫び声を浴びせるテレーゼの甲高い声を耳にしながらアイリはどうすると懸命に考えた。


 あっ! あるじゃん!


 思いついた騎士団長は最後尾の女剣士に大声で命じた。

「ウルスラ! 馬を使って怪物を山道から蹴り落とせ!!」


「承知!!!」


 騎士らの甲冑(アーマー)ぶつかる音に負けない声が最後尾から聞こえた。

 アイリも馬を使おうとして一瞬半身振り向いて騎士らの(スカル)越しに見える馬の鼻面(はなづら)を眼にして(あご)を落とした。

 山道が狭すぎて馬の向きを変えられねぇ! それに騎士らが邪魔でどのみち前へ馬を出せねぇ!

 馬を出せたとして馬をぶつけて怪物を押し落とすかと考えアイリはそれを捨てた。重さで馬の方がずっと劣る。押し負けるのが眼に見えていた。

 戸惑う寸秒、後方で大きな打撃音が聞こえ、振り向いたアイリはガウレムの巨体が(がけ)を転がり落ちるのが見えた。

 やった!

 後は眼の前の1体だ!

 ディルシアクト城に現れた狂戦士(ガウレム)は胸に魔石が埋め込まれていた。だがこいつはとてもじゃないが厚い胸板を刺し(つらぬ)くのはムリだとアイリは思った。

 人と魔物の違いはあれどいくら頑丈でも鍛えられない場所がある。

 アイリは開きなおった。

サーティ(30)・ステップ!」

 勝つのだと自分に言い聞かせるように押さえ込んでいる能力を解放し群青の瞳の耀(かがや)きを()き伸ばし、アイリ・ライハラは赤い双眼で見下ろすガウレムへ馬車(キャリッジ)3台分の間合いを稲妻のように駆けた。

 横殴りに腕を振り回したガウレムの手の甲へ飛び上がったアイリは腕を駆け上り岩石頭が正面に迫った。

 その刹那(せつな)腰の横に引いた長剣(ロングソード)を一気に振り抜き怪物のルビーのような赤眼の1つに雷光のように突き立てた。

 刺さるというより砕け散ったという方が正しかった。

 (さけ)びもあげず石人(せきじん)は両腕を振り上げ顔を(かば)おうとしてアイリは放りだされた。

 その落ちてきたアイリを女大将ヒルダが楽々と受け止めた。

「お見事、アイリどの!」

 怪物を見据えたままアイリはヒルダの腕から下りると、左目を失った怪物の死角が壁のような斜面側だと気づきヒルダに問うた。

「ヒルダ! 腕力だけでなく足腰に自信あるか!?」

 力に自信がないわけがなかった。ヒルダは女騎士ヘルカ・ホスティラに負けないほど大柄(おおがら)だった。

「力勝負、このヒルダ・ヌルメラ、名に誓い負けませぬ!」

 その自信にアイリは女大将ヒルダに命じた。

「俺と2人で斜面壁とガウレムの間に入り怪物を山道から押し落とす!」

「おう! お任せあれ!」


「行くぞヒルダ!!!」


 怪物の左へアイリが駆けだしたのと同時に女大将ヒルダも鉄靴(サバトン)を派手に鳴らして走りだした。

 振り下ろされる石腕の(こぶし)を左右に分かれ(かわ)したアイリとヒルダはガウレムと斜面壁の間に入り込んだ。

 そうして2人が同時に狂戦士(ガウレム)を谷側へ全力で押し始めた。

 だが重量で遥かに勝るガウレムは(わず)かに足を横に滑らせただけで止まってしまった。

 ムリなのか!? と歯を食いしばったアイリが顔を(ゆが)ませ右手の壁を両足で蹴り込んだ。

 その寸秒、剣を投げ捨てたアイリ・ライハラ配下の40名近い騎士らが一斉にガウレムの足に群がった。

 男らの怒号が湧き上がり、狂戦士(ガウレム)の足が一気に横滑りした刹那(せつな)、全員を暗い影が覆いアイリ・ライハラは視線を振り上げ顔を強ばらせた。



 頭上に見たこともないほどの巨大な赤竜が羽ばたいて火炎吐きだそうと大きな口を開いていた。



 アーウェルサ・パイトニサム()の魔女キルシの本気度が垣間見えた。




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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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