第4話 伝えるもの

文字数 1,792文字


 一行(いっこう)はテレーゼ・マカイを先頭に2番目手をイルミ・ランタサルの馬、その左右にアイリとノッチ、最後をヒルダが固めて馬を高野の獣道に進めていた。

「イルミ、銀盤の魔女ってどうやって人を襲うんだ?」

 アイリは馬の上下に合わせ(あぶみ)にかけた力加減を調整し腰を浮かし人馬とも疲労が少ない様にしていた。

「伝承は様々ですよ。とんでもない魔法を使うのに始まり、中には鉄を嫌う魔女でありながら剣の使い手というものまであります」

 漠然(ばくぜん)としてどう警戒していいのかさえつかめなかった。

 だけど変だと思った。

「見た奴を片っ端に殺すような女なのになんでそんなに伝承が沢山あるの?」

 イルミは(わず)かに視線を上げ何か考えアイリを見て応えた。

「きっと何かの抜け道──(すき)があるのかも知れませんね。それとも────」

 アイリはイルミの話しに耳を奪われた。何のかんの言ってもくるんくるんはものをよく見ている。家臣(かしん)らの狡猾(こうかつ)さを見抜くのも連中の口先八丁を聞くだけでなく何かしらの癖を見て嘘や策略と結びつける。

 いつも悔しい思いをさせられるが、頭はきれるのだ。

 祖国ノーブルに(たよ)らず大国デアチを1年も17の歳で切り盛りしている。

「────恐怖を拡散させたくて故意に生き証人を増やしているのかもしれませんね」

「それでは魔女ミルヤミ・キルシと大して変わらぬ(うつわ)ではないですか。ですが王妃(おうひ)、銀盤の魔女は幾つもの散村を壊滅させ真綿を締めるように影響下を広げていると聞きます。それでも隠れるように生き残りがいるのは別な理由があるのだと思います」

 先頭を行くテレーゼ・マカイがそう指摘した。

(ソード)を振るう魔女なら打ち合えるという事ですねイルミ王妃(おうひ)

 嬉しそうにヘルカ・ホスティラが話しに加わり最後にノッチがとんでもないことを付け加えた。


「銀盤の魔女────ルースクース・パイトニサム────銀眼の魔女は相手を倒すことで優越感に浸る手合いじゃない」


「ルースクース・パイトニサム? あらどうして名をご存じなの?」

 イルミ王妃(おうひ)が興味ありげにアイリの旦那(だんな)(たず)ねた。

「それは俗称だ。名をミエリッキ・キルシという。悪人や悪魔のような悪意はない」

 4人が引き込まれ黙ってしまい悪意がないという意味をそれぞれが考えた。

 じゃあ、目的はなんだろう!?

 不気味なものが胸を()い上がった。

 悪意があれば罰せられるが、なければどうやって裁く!?

「まさかすべて過失で済ます奴とか?」

 ぼそりとアイリが言いイルミが軽い笑い声を上げた。

「アハハハッ、面白いわ。殺しておいて済みませんでしたで終わらせようとする────間抜けだわ」

 振り向いたアイリが見たのは親の(かたき)を眼の前にしたようなイルミ・ランタサルの面もちだった。くるんくるんが(さげす)む相手はろくな結末を迎えていない。

 だけど名前まできちんとあってどうして怖れられる伝承なのだろう、とアイリは思った。

 (わず)かにいる目撃者が、吹聴(ふいちょう)する理由をまず確かめないといけない。



(けが)らわしい────」



 ぼそりと告げたイルミ・ランタサルの言い方がそのものだとアイリ・ライハラは鳥肌立った。





 トンミ────。

 集落の中では1番貧しく、目立たず、部族の誰とも交じりたがらない老齢の男。

 トンミの粗末な部屋は汚く他の村にさえあるような色柄のものがまったくなかった。

 (にご)ったようなその壊れそうなその家でトンミは60年以上暮らしている。

 人と交われば、あいつが戻ってくるとトンミは危惧(きぐ)していた。

 1度逃れられたのは理解できない何かの幸運だった。だがその幸運が人生を大きく狂わせ最大の不幸になっていた。

 年端(としは)もゆかぬまだ子どもだったころ、前の集落に吹雪の夜遅くあいつは突如(とつじょ)現れた。

 集落の大人、子ども、男、女、それが瞬く間に殺された。

 吹雪の大時化(おおしけ)で到底小舟出せぬ夜中に離れ島にあった集落にあいつが来られるわけがないと数年して気づいた。

 (なた)(もり)を手に大人の男らはあいつに挑んだ。

 だが触れることもできずに大人たちは次々に手、(あし)を落とされ、首を()ねられた。

 トンミはその光景に心底(おび)え暗闇を音を立てぬように逃げ惑った。

 雪に染まる血がいたるところに白と黒のコントラストで闇に(かす)かに見えていた。

 その水溜まりに浮かぶ落ち葉を渡り歩くようにあいつは逃げ惑う集落民を追い詰めていった。


 トンミは吹雪く中、明るくなるまで肥溜(こえだ)めに浸かり1人助かった。



 それが不幸の始まりだった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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