第12話 くぐったもの
文字数 1,814文字
攫われたアイリ・ライハラの命が危ういとの指摘にイルミ・ランタサルは一瞬息を呑み理由を知りたいと石を回した囲炉裏に身を乗りだした。
死んでいれば元気に黄泉から帰ってくるはず。
まだ戻らぬということはアイリは堕ちていない!
「もう死んでいると遠望されるには同じ様なことが以前にあったと受け取ってもよろしいのですか?」
アイリが落ち着いた口調で問うと族長のオホトが口を開いた。
「我が種族に41年前──銀盤の魔女が現れ、我々は立ち向かおうとはせず散りぢりに逃げ出しました。ですが逃げ遅れた幼子と母親が魔女に連れ攫われました────」
その40年余り前の当時の光景が見えるようだとイルミ・ランタサルは思った。
「貴女方はそれをよしとせず追っ手を差し向けたのですね」
族長は頷いて先を続けた。
「そうです。中堅の男が率い若い男ら9人が言い伝えにある銀盤の魔女のいる北東の地に向かいました。そこで5週後に魔女の住処を見つけたのです」
「お悔やみ申し上げます。手遅れだったのですね」
イルミは気遣った。当時の男らの悔しさは言葉にできぬほどだっただろう。だがそれを伝えた生存者が戻ったはず。
「────そうです。幼子と母親はとっくの前に死んでおり蛆がほぼ骨にしていました。旅の方イルミさん。貴女がお知りになりたいのはその魔女に迫った男らの顛末と住処でしょう」
王妃が頷くのとヘルカ・ホスティラも同時に頷いた。
「魔女に見つかり8人が瞬殺だった。だが1人は泥沼に落ちて全身泥まみれでそこに2昼夜隠れ命拾いしました。それが儂ですじゃ」
イルミ・ランタサルが口を開こうとすると族長が頭振った。
「申し出はお断りいたします。貴女方を住処────今もそこにおるとは限らぬが、案内すれば一族にまた銀盤の魔女が舞い戻ってくるやもしれませぬ」
「地図や目印になるものをお教え下さるだけで構わないのです」
そうイルミが伝えると、族長オホトは眼を細め眉根しかめた。
「お友達は諦めなされ。もう助けだせません」
それを耳にした王妃イルミ・ランタサルは囲炉裏の焼けた灰に左手を着いてラモ族の長へ身を乗り出して言い切った。
「まだ生きております。恐らくは私らをおびき寄せる罠。狙いはわかりませんが、魔女を生かしたままにしておけばいずれこの大陸茫々で同じことが蔓延ります。子孫の安寧を危虞されるなら躊躇が仇となります」
長老は驚きに眼を丸くし、言葉に詰まった。
「イルミ・ランタサルさん────いや失礼いたしました。ランタサル様、貴女はただの旅人ではございませぬな。剣豪を2人、計り知れない手練れをお1人連れられてのお忍びの旅──とでもいった所でしょうか? 連れ去られたのはお身内の方でしょうか?」
イルミ・ランタサルは灰から引き抜いた真っ赤になった手の指を怪しく蠢かせ言い切った。
「愛玩の少女です」
夜、静けさの中で王妃の寝息確かめたヘルカ・ホスティラは同じ天幕で横になる女剣士へ声をひそめ尋ねた。
「ウルスラ────いや、お前マカイだろ」
「何を────拙者、ウルスラ・ヴァルティア────」
「惚けると騒ぎ起こすぞ」
暗闇の中でため息呑み込む音が聞こえた。
「バレてしまっては仕方ない」
直後、鞘から刃引き抜く金属の擦れる音が聞こえヘルカは咄嗟に半抜きの刃で受け止めた寸秒暗闇の中──顔の傍で囁かれた。
「私はテレーゼ・マカイ。アイリ・ライハラに1度殺され2度冥府から助け出された剣竜騎士団第3騎士」
当人から聞かされ一瞬ヘルカは困惑した。
「貴様、王妃様の命なきものとチャンスを狙っておったな!」
頬に感じていた人肌の温もりが離れ言い返した。
「アイリ・ライハラが困ることを我がするものか」
じゃあ、なぜ素性隠すとヘルカ・ホスティラは剣を引き抜き戸惑った。
「なぜ身分を偽る!?」
「アイリが易々と死者を黄泉から連れ戻せると世間に知られてみろ。抑えのきかぬ騒ぎになるぞ」
いやそれはすでにミルヤミ・キルシ討伐に出され命落としアイリによって連れ戻された騎士らによって拡散されている。
「すでにそれは噂として────」
ヘルカが口ごもるとテレーゼ・マカイが囁いた。
「アイリが気遣ってくれたんだ。あいつが考えたことを守る」
いきなり顔を閉じた扇子で叩かれヘルカとテレーゼが息を呑んだ。
「貴女方──うるさい」
そうイルミ王妃に言われ、いつから聞かれていたかとヘルカは青ざめた。
「王妃様、いつから────」
「ぜんぶ」
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