第21話 どいつもこいつも

文字数 1,648文字

 近衛兵6人ほどが慌ただしく駆け抜ける。

 足音が遠ざかると干されたシーツの陰からアイリ・ライハラが顔を(のぞ)かせ戻って来ないとわかると洗濯物の並ぶ間から抜け出し後ろに伸ばした片手を引っ張った。

 同じシーツの間から元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラが手を引かれ不安げな面もちで裏路地に出た。

「兵が行ったのは向こうだからこっちへは戻って来ないよ」

 少女はヘッレヴィにそう告げ兵が消えた逆の方へ顔を振った。

「アイリ・ライハラ、貴君は魔女と確定されたわけでない。だが公判中に法廷から逃亡した我に手引きすると良くて投石の刑、悪くすれば火刑になるやも知れぬのにどうして────? それに暗殺者(アサシン)らをなぜ逃がした?」

 手を引っ張り歩くアイリが振り向き陽気に(こた)えた。

「言ったじゃん。イルミ・ランタサル王妃(おうひ)にいいようにされちまうよって。それにあの殺し屋らあれ以上()めたら舌噛んで死ぬんじゃないかと思ったし」

 ヘッレヴィ・キュトラは暗殺者(アサシン)らのことは差し置いて、少女がノーブル国第1騎士でありながら王妃(おうひ)の前から自分を救った少女の立場が理解できなかった。

「貴君は王妃(おうひ)の騎士としてこの国に来たのに忠誠心を捨てたのか?」

 審問官の問いを前を向いた少女が軽く笑い飛ばした。

「あいつはただのダチ(・・)だよ。忠誠心とかないない。面倒くさい。ただの朋友(ぽんゆー)

 『ぽんゆー』とは何だとヘッレヴィ・キュトラは眼を寄せた。

「だがあの王妃(おうひ)狂ってるぞ。まさか教皇様を法廷に突き出すなんて正気の沙汰じゃない。枢機卿(すうききょう)への暴挙(ぼうきょ)だと大陸の多くの国が十字軍に賛同する。もうデアチは国として滅ぶしかない」

 いきなり少女が立ち止まりクルッと振り向いて片手を腰に当てもう片側の手の人さし指を立て左右に振ってみせた。

「ヘッレヴィ、やられたね。あの頭巾被(ずきんかぶ)せられたおっさん、ノーブル国の元騎士団長リクハルド・ラハナトスだよ」

 少女へ上半身を突き出し元異端審問官が突っ込んだ。

「そんな事はない! あのお召し物、見間違うはずがなく教皇様のものだった」

「じゃあ、ヘッレヴィ──あの叫び声で切り裂く双子の女騎士を見分ける事できた?」

 叫び声で切り裂く双子の女騎士と言ったらマカイ姉妹しかいない。だがあの騎士らは細部まで(そろ)った甲冑(アーマー)を身につけ黙って立ってると身近なものでも見分けがつかないとヘッレヴィ・キュトラは耳にしたことがあった。実際、自分もどっちがどっちかいまだに知らない。

 そう思って、ふと彼女は少女が言おうとしてることに気づいた。

 人の見分けつかぬ眼で、それらしき衣装の差違(さい)などわかるのかと。

「本当に、その、あの、頭巾の、方は、その元騎士団長────なのか?」

 アイリは(うなづ)き元異端審問官が困惑の面もちになったのでさらに付け加えた。

「突き出されひっくり返った時に包帯だらけの第3位騎士ヘルカ・ホスティラが(あわ)てて抱き起こしに行ったじゃん。あれがなかったら、わたしも法王様だと思ったし」

 面白──い!

 受け入れたのかヘッレヴィ・キュトラが戸惑った顔から苦虫を噛み(つぶ)したような表情になり、アイリはこの思ったことをすぐ顔に出す元異端審問官が気に入った。

「ヘッレヴィ、わたしを魔女にせよって法王様が言ったの?」

 彼女が(かぶり)振った。

「違う────そうではない。教区司教様だ。だがあの暗殺者(アサシン)の言った言葉がずっと引っかかっている。あいつは確かに────猊下(げいか)は決して御見過ごしにはならぬと知れと脅してきた」


猊下(げいか)とは枢機教(すうききょう)を意味する────つまり教皇様が──我を(ゆる)さぬという意味にはとれぬ。アイリ・ライハラ──貴君を(ゆる)さぬとあの殺し屋は言ったのだ」


 少女は腕組みして考え込むと、左手のひらに(こぶし)をぶつけ元異端審問官に持ちかけた。



「ヘッレヴィ、引っかかってるんだろ。その眼で真実を確かめるつもりない?」



 確かめる? つもり!? こ、こいつ、まさか────教皇様のところへ乗り込むつもりなの!?



 あの妖しげなイルミ・ランタサル王妃(おうひ)が引き連れてきた第1騎士だ。狂ってるとヘッレヴィ・キュトラは思ったが少女に(うなづ)いた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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