第13話 修羅(しゅら)

文字数 2,535文字

 小指をつかまれねじ上げられた騎士団長リクハルド・ラハナトスは(うめ)いてイルミ・ランタサルを押さえ込んでいた腕を緩めてしまった。

 しめたとばかりに被った雑草をはねのけ身を起こしながら駆けだしたイルミ王女を追いリクハルドと他の騎士2人も飛び起きた。

 丘の先から時折聞こえる絹裂くような音がスカートの両側を()まみ走るイルミを不安にさせ急かした。

 息を切らし下る斜面が見えだした瞬間、一国の王女は顔に両手の指を広げ(おのの)いた。





 騎馬を跳び越えた機敏な女が小娘を(さら)い逃げ女騎士に投げ渡した直前、マカイのシーデ──テレーザ・マカイは、坂を斜めに駆け上がる駿馬(しゅんば)の背に伏せながら配下の騎兵を呼び集めようと顔を振り向け見えたものに唖然となった。

 密偵(みってい)と争っていた騎兵すべてが落とされ壊れた荷馬車が見え、残骸の(かたわ)らに紫紺の甲冑(アーマー)を身につけたものが倒れていた。その背後に飛び散った(おびただ)しい血を受け入れられずに目を(およ)がせた。


「テレーゼ!!」


 手綱(たづな)引き馬を戻らせようとしたシーデの片割れは顔を振り戻し吊り上がった双眼で立ちはだかる暗殺者(アサシン)とその後ろで最後の騎兵と(ソード)交える大柄な女騎士──その片腕に抱えられた────。


「小娘!! 貴様が()ったな!!!」


 怒鳴った直後、マカイのシーデは紫の唇を大きく開いたまま喉が裂けんばかりに呪いを浴びせた。

 ソードブレイカーを逆手に持ち顔の前で構える暗殺者(アサシン)の服が幾筋も裂け肩や腕、脚、顔から鮮血が吹き出し、抱えた小娘を背後に回した女騎士の顔を(かば)った(ソード)持つ腕から血が(ほとばし)った。

 一瞬、ふらついた暗殺者(アサシン)が持ち直し(にら)みながらすぐ近くまで駆け迫るのを目にしテレーザ・マカイは四方へ散らす声を意識し一点へ絞り叫んだ。

 爆発するような空気の揺らぎが金属の(うな)りを響かせ暗殺者(アサシン)の構えた短剣(たんけん)を粉々に砕き破片をその顔面に浴びせ、倒れ込んだそのものの上へマカイのシーデは意識し馬を走らせ蹄鉄(ていてつ)(とど)めを刺し、さらにその先にいる女騎士へ長剣(ロングソード)を振り上げ迫った。

 馬上から振り下ろす(ソード)の重量と勢いが女騎士の(やいば)を押し切り肩から腕を切り落とせる。

 テレーザがそう思い長剣(ロングソード)を振り下ろす直前、女騎士が先に馬の前に叩きつける(ごと)く思いっきり(ソード)を振り下ろした。


 馬鹿が! 間合いすらとれぬなど剣技以前の────!


 あろう事か女騎士は振り下ろした(ソード)を地面に叩きつけ(ソード)の反動で飛び上がり左腕をテレーザの首に掛け(くら)から押し倒した。

小癪(こしゃく)な! 剣で戦え!」

 落下しながらシーデは女騎士を怒鳴りつけ自分を引っ掛け落としたのはこいつの左腕だったと気づいた。


 抱きしめていた小娘がいない!


 自分よりも大きな女騎士に馬乗りになられながら、テレーザは人影に顔を振り向けると小娘が動かなくなった暗殺者(アサシン)の方へ駆けており、女騎士の胸ぐらをシーデは殴りつけ(ひる)んだ(すき)に抜け小娘を追おうとした。

 首を信じられぬような力でつかまれテレーザは引き戻された。

 ええい! 鬱陶(うっとお)しい騎士め!

「離れろ脳筋(・・)!」

 (ののし)り乗りかかっている女騎士を叫びの呪いで打ち負かそうとテレーザ・マカイが顔を振り戻すと、唇をへの字に曲げたそいつが冷ややかな眼差しで見下ろしておりマカイのシーデに問い掛けた。


「だぁ──れがぁ────()()()()・だぁ!?」


「きさま────」

 言いかけた刹那(せつな)テレーザ・マカイは正面から(こぶし)で鼻を(つぶ)され口の中に鉄の味が広がり、相手の(ナックル)を止めることも(かな)わず、防ごうと上げた両手ごと押し切られまた顔を殴られた。

 ゼイゼイと口で息をするテレーザ・マカイは女騎士がまた(こぶし)を振り上げたので両腕を重ね顔を(かば)った。

 寸秒、マカイのシーデは喉を殴り(つぶ)されか細い悲鳴を漏らした。

「だぁ──れがぁ────()()()()・だぁ!?」

 この脳筋騎士め!

 マカイのシーデは、お前だと思いながら右手で腰の(シース)からナイフを引き抜こうとし女騎士にまた顔を殴られつかんだナイフハンドルを放してしまった。そのナイフを(まさぐ)り探していると女騎士が赤い唇を吊り上げテレーザは愕然(がくぜん)となった。

(ソード)でなんとかって言ったよな! マカイのシーデ!!」



 女騎士の振り上げた左手に見覚えのある装飾されたナイフが握られておりテレーザ・マカイは顔を(かば)おうと両手指を広げた。





 うつ伏せに倒れているイラ・ヤルヴァを仰向けにして、顔の有り様にアイリ・ライハラは瞳を(およ)がせた。

 片耳を失いソードブレイカーの破片が幾つも顔に刺さり大きく縦に裂けた左頬(ひだりほお)から湧き水の(ごと)く血が(あふ)れだし少女は指で皮膚を寄せ裂け目を(ふさ)ごうとした。

 そうして左手で(ほお)や額から金属片を1つひとつ抜きながらアイリは声を震わせた。

「なんで──むちゃするんだよ────」

 投げかけに微笑むのかと少女はイラの(ほお)を押さえる指を緩めた。爪の幅に傷が開き少女は(あわ)てて押さえ込もうとするとあれほど溢れていた血が途切れアイリは眉根を寄せた。

 少女は顔を(ゆが)め右手のひらをイラ・ヤルヴァの左胸に乗せ力強い女暗殺者(アサシン)の脈動を探り見つからず指をずらし、そこにも見つけるものがなく指をさらにずらし探し求め一番下の肋骨(ろっこつ)を指が乗り越え下唇を(かみ)みしめた。

 アイリはイラ・ヤルヴァが天に迎え入れられるようにと胸の前で両手の指を組ませ、物言わぬ親友の左頬(ひだりほお)に広がる血を人さし指で拭いその紅き命の欠片(かけら)を自分の右の瞳の下瞼(したまぶた)から(あご)へ引き伸ばした。



 無言で立ち上がった少女は振り向いて、紫紺の甲冑(アーマー)を身につけた金色(こんじき)髪の女騎士にヘルカ・ホスティラが馬乗りになり(あらが)う相手の左右の手のひらをナイフで刺し(つらぬ)いているのを眼にしても何も感じなかった。



 少女は近場で倒れ動かぬデアチ国騎兵の方へ歩き落ちている(ソード)のハンドル端を力を込め右足の(かかと)で一気に踏みつけ回転しながら跳ね上がった死者の武具を右手でつかんだ。その(やいば)(おの)が肩に乗せ別な倒れた騎兵の元へ行き今度は左足で(ソード)を跳ね上げ左手でつかみ(やいば)を肩に乗せた。

 2振り目の(ソード)を肩に乗せた時にヘルカ・ホスティラが右手でマカイのシーデの顔を押さえ込み、ナイフ振り上げた左手を高く止め顔を上げ少女をじっと見つめていた。


「ヘルカ・ホスティラ────そいつを押さえていてくれ」



 命じたアイリ・ライハラの群青の瞳が冥界の氷結のような光を放ち小ぶりの唇の片側だけを吊り上げ両手の(ソード)を振り回し始めた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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