第1話 貴高さ

文字数 1,933文字

 脱兎(だっと)のごとく先を急ぎウチルイ国の騎士や近衛兵に出くわす事なく国境を越えた。

 昨今、ウチルイは北の大国デアチの言いなりという属国の様な関係ゆえ、ウチルイとの行き来に検問などなく人々は自由に出入りしている。

 しかし自由といっても街道で人を見かけなくなり、その事にアイリ・ライハラはすぐに気づいて(つぶや)いた。

長閑(のどか)だな」

 横に座るイルミ・ランタサルが返す様に続けた。

長閑(のどか)? 行商人だけでなく農地にも人影がないでしょう」

 言われ少女は街道の左右に点在する農地へ視線を向けた。穏やかな天気なのに確かに農作業してるものがいない。

「寄り合いかなんかで見かけないとか」

 言いながらアイリはウチルイの国境を越える前までは農作業をしている人々を見たのを思いだした。デアチ国に入ってからぱったりと見ていない。

「何かの(つど)いで農業をしてる人がいないのなら、行商人や旅人すらいないのはどう思いますか、アイリ」

 しばし考えて少女は答えた。

「この道が裏街道だから──じゃねぇよなぁ。うろうろしてると人攫(ひとさら)いに連れて行かれるとか」

 揺らしている(むち)を止めイルミ王女がアイリの聞いたことのない話を聞かせた。

人攫(ひとさら)い? ある意味そうかもしれませんね。この国の兵に見つかると脱国者として連行され裁きをうけるという(うわさ)を耳にしたことがあります」

「農作業してて国から逃げだすの? それって変だよ。農地を捨ててまで、(たよ)りのない周辺国へ逃げだすのは税が重いとか?」

 止めいた(むち)をまたゆらゆらと踊らせ王女がとんでもない事を言った。

「税が重く爪に火をともす暮らしをしていても農家の人達というものは辛抱強いものです。それを逃げだすなりのとんでもない理由が何であれ、わたくし達が知ると深く困惑するでしょうね」

 アイリはイルミ王女が知っていて話しださない様な気がして余計に理由を詮索(せんさく)し始めた。

「どうしてだよ? デアチの事はデアチの勝手だろ。それをうちらが知ったからといって、一々気に病んでいても仕方ないじゃん。でも変な事を変なだけだとほっとくとすっきりしないじゃん」

 王女が揺らしていた先鞭(せんべん)を渦を巻くようにくるくると回す。

「アイリ、我が国の城下町で、離叛(りはん)した騎士2名に襲われたときに、貴女(あなた)(わたくし)をほっといてどうして逃げなかったのですか?」

 そんなの決まってるじゃんとアイリは思った。イルミ・ランタサルを残して逃げたら、あんたがとんでもない目にあわせられるのがわかりきっていたからだ。

 そんなの後々、思い出すたびに不愉快になるからだ。

「ただの気まぐれだぁ。あんとき言ったよな。あんたが襲われてもぜってぃ助けないからな、と」

 言いながら少女は王女のくるくると回す(むち)が気になりだした。

「そう言いながら、貴女(あなた)はあの岩石の魔神や大熊、骸骨兵が襲って来たときも、(わたくし)だけでなく(みな)を護るために果敢(かかん)に立ち向かいましたよね。それがなぜなら────」

 アイリは、またこいつ言いくるめようとしてると身構えた。


貴女(あなた)卓越(たくえつ)の力を持ち、力持つべきものの務めを理解してるからです」


 それと、デアチの農民が逃げだすという話にどう関係してんだよ、とアイリは声に出しそうになり我慢した。きっとそれすらくるくるは見越して答えを決めている。絡みつく様に言いくるめる。

「へ────そうですか。ちょっとすばしっこいだけで大した事のないどこにでもいる様なもんなんすけれど」

 上手く言い逃れたと少女は思った。


貴女(あなた)はこの国の(たみ)窮地(きゅうち)を知ると──貴高さから助けたくてうずうずしだすのよ」

 うずうずなんかしねぇ! ほっぽいといて知らん顔するに決まってんだろうがぁ! キリねぇだろうがぁ! そんなもん一々助けてたら、そのうち首が回らなくなる!

「それは聞かなかった事にします──ハイ、そうします」


貴女(あなた)は人々を苦しめるものらへ(ソード)を握りしめ駆けだす」


 アイリ・ライハラはイルミ・ランタサルの洗脳の様な話しの持っていき様に、思わず手綱(たづな)から手を放し両耳をふさいだ。



 (わだち)の方へ2頭の馬が歩きだして、少女は青くなり(あわ)てて手綱(たづな)をつかむとイルミ・ランタサルはまだ続けていた。



貴女(あなた)は────」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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