第1話 粘着女王

文字数 1,648文字

 揺られる馬車(キャリッジ)の中でアイリ・ライハラはふくれっ面になっていた。

「アイリ、そんなにへそを曲げるんじゃありません」

 向の席に座るイルミ・ランタサルがなだめようと猫なで声で言い続けていた。

「うるせぇ、どでか馬糞! なんで俺が婿(むこ)探ししなきゃならねぇんだぁ!」

「あ────ら、20歳にもなって浮いた話もない貴女(あなた)を心配して何が悪いんです」

 王妃(おうひ)は口元を片手で隠し言い切り騎士団長は(あご)を落とした。

「お前ぇ──俺は今年16だぞ──お前の方が年上なんだぞ」

 びしっとイルミはアイリの額を指さした。

「あ──ら、おほほほほっ、何を言うかと思えば。貴女(あなた)(わたくし)よりも背が高いじゃないですか」

「背の高さは腐れ妖精のせいだぁ! 背は関係ねぇ!!」

 腰を浮かし噛みつくようにアイリは言い返した。その刹那(せつな)馬車(キャリッジ)が急に止まり騎士団長はイルミに突っ込んで慌てて両手を突っ伏した。

「あっ!」

「えっ!?」

 アイリは突っ伏した両手を見つめた。手のひらがイルミ・ランタサルの両乳房を鷲掴(わしづか)みにしていた。騎士団長が視線を上げると王妃(おうひ)が引き()った笑みを浮かべて(つぶや)いた。

「背が高いだけで満足できないんですね」

 アイリが自分の胸を見下ろすといきなりドアが開き騎士団長は両腕振り上げ跳び離れた。

王妃(おうひ)様、到着いたしました」

 護衛の騎士がドアに手を添えて頭を下げた。

「ついてらっしゃいなアイリ」

 ドレスのスカートを摘まんで先に下りた王妃(おうひ)に続きアイリ・ライハラは馬車(キャリッジ)を下り見回すとそこは城下の下町だった。

 イルミ・ランタサルは騎士らに馬車(キャリッジ)(そば)で待つように告げ家の間の細道に入ってゆくのでアイリ・ライハラは後を追いながら怪訝(けげん)な面もちになってぼそりと(つぶや)いた。

「男娼館なら入んねぇぞ」



「男を買いに来たんじゃありません!!!」



 肩を怒らせてずいずい歩く王妃(おうひ)は小さな看板を掲げた小さな家の前で立ち止まったのでアイリは看板を見上げた。

『ロザリーの占い(やかた)

 う、占いだぁ? アイリはイルミ・ランタサルがイケメンを探すのについに占い師に(たよ)っているのかと顔を(ゆが)めた。しかも馬車(キャリッジ)4つほどしかないこんなにちっこい家なのに(やかた)を名乗っている妖しげな店。

 イルミは暖簾(のれん)を分けくぐり中に入ったが、アイリは躊躇(ちゅうちょ)すると暖簾(のれん)の下からイルミの腕が突き出され騎士団長の腕をつかむと引き()り込んだ。

 店は狭く中央に小さな丸テーブルが置かれており大きな水晶玉がベルベットの丸台に置かれておりその向こうに紫のレースと安宝石で飾られたベールで顔を隠した薄地のドレスを着た女が腰を下ろしていた。

「またお世話になりに来ましたロザリー」

「ようこそランタサル王妃(おうひ)様。方今の御用立ていかがなされましたか──」

「連れて来たのは(わたくし)のリディリィ・リオガ王立騎士団と剣竜騎士団を取りまとめる(おさ)、アイリ・ライハラ。今日はこのものの伴侶(はんりょ)がどこで見つかるか──を」

「ううぅ、占わんでもいぃ!」

 必死で(あらが)うアイリの腕をイルミ・ランタサルは強引に引き前に出すと肩に両手をかけて力任せに丸椅子に座らせた。直後無言でベールの女に見つめられアイリは身構えた。

「────」

「アイリ・ライハラ──」

「ひっ」

 いきなり名を呼ばれアイリは顔を(ゆが)め両手を振り上げた。

「水晶を(のぞ)きなさい」

 言われたもののアイリはベールの女を呆然と見つめ動けなかった。いきなり後頭部にチョップを喰らい引き()った顔のアイリは振り向いた。

「アイリ、(わたくし)じゃなく水晶玉を見るのです」

 イルミ・ランタサルに冷ややかに言われアイリはぎこちなく首を回し占い師に向き直って水晶玉を指さした。

「そうです──(のぞ)きなさい」

 ベールの女に言われ怪訝(けげん)な表情でアイリは水晶玉に顔を近づけ鼻先をくっつけた途端に後頭部にチョップを喰らって猫背のまま顔を引き()らせて振り向いた。

「アイリ──近すぎです」

 王妃(おうひ)に冷たく言われアイリはぎこちなく首を回し占い師に向き直って水晶玉を(のぞ)き込んだ。

 半透明の奥から黒い(すじ)がぐるぐると回りだし黒い渦となるとじっと見つめていたアイリ・ライハラは眼を回して椅子から滑り落ちた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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