第25話 青竜

文字数 2,562文字


 薄暗い穴蔵に帰り心安らいだ。

 山肌の300ネフフス(:約300m)の高みに穿(うが)たれた住処(すみか)の出入口には結界が張られ誰に邪魔されることもない。

 誰にも邪魔をされることなど数百年なかった。

 それもつかの間、見てくれの少女はディルシアクト城でのことを忌々(いまいま)しく思い返し黒爪を噛み締め地団駄を踏んだ。

 あの女剣士は我が生みだしガウレムと互角に──いいやそれ以上に渡り合った。

 並みのガウレムではないのだ! 魔法石を()しげもなく使い、金剛石の硬さと風の速さ、それに大熊の力を授けた分立術式の傀儡(くぐつ)を速さと力で上回り倒してしまった。

 あんな動きや攻撃力は人のものでないとアーウェルサ・パイトニサム──()の魔女キルシはずっと思いながら帰路を踏んできた。

 岩肌をくり抜き造った書架に歩き、コレクションの暗い色合いの背表紙を見まわす。どれもが魔導や魔術の奥義書だった。

 あの青い稲妻の動きや輝き、きっとあれがあの化け物じみた娘の本質だ。

 いつか、どこかで、あの踊り狂う雷光を見た覚えがあった。

 思い出すんだ。

 本質を知れば、命を奪うも、服従させ使役させるのも自由にできる。

 キルシはもう何十年も放置し開いてない焦げ茶革の背表紙の書物を棚から抜き出した。

 飽きて使わなくなった日誌を紐解く。

 あの稻交(いなつるび)見覚えがあるぞ!

 それを書き留めた覚えもあるのに、なぜ思いだせないのかと苛立った。

 少女(もど)きは古くなり黄ばんだページを猛然と後ろから(めく)り始めた。あまりに激しく指を動かし数ページが破れる。それでも必死でそのページを探し続けた。

 480年前まで飛びとびの日付を辿(たど)りアッ・シャイターン──魔王とそこだけ赤インクで書かれた字が目に飛び込んだ。

 キルシがまだ幾らか若かりし頃の興奮した乱暴な文字が続いていた。



 夏の暑さから北の最果ての地──ヌーシへ旅をした。

 風を楽しんでいた月のない夜更けに連なる山間に明滅する大きな輝きを見つける。

 手持ちの(ほうき)(また)がり2つの小山を飛び越えると山の谷に爆轟と踊る2つの雷光を見つけた。その1つがいきなり谷底で動きを止め、見えた姿に目を見張った。

 大きな──城ほどもの長さのある毛の生えた赤銅色の大蛇だった。

 その大蛇が空を舞うもう1つの雷光を(にら)み据え()えると口から稲妻が(ほとばし)った。

 キルシはもしやあれはユルルングではないのかと驚いた。人伝(ひとづて)に耳にした精霊の1つだった。なんでも呑み込む貪欲さと狂暴さの精霊。

 キルシは関わると一呑みにされるとばかりにすぐさま山の頂きの岩に隠れ様子を見守った。

 あんな怖ろしき精霊とやり合えるのは魔王軍の幹部でも難しい。魔女1人が何とかできるレベルではない。

 だが山の頂きと向かい山の頂きの間を飛び跳ねる稲光は何なのだ!? 疑問が好奇心となり恐怖を打ち負かし裏の魔女は逃げることを忘れ見続けた。

 その空中の雷光が凄まじい速さで幾つもの頂点を残しジグザグにユルルングへ襲いかかった。巨大な蛇を両の脚爪で押さえ込んだのは大きな!────群青の輝きを放つ巨大な(ドラコー)



 まさか雷竜──ノッチス・ルッチス・ベネトスが実在していたなんて!!



 何で神の(ソード)と伝承される竜がこんな所に!?


 年老い翼が所々破れているその竜は鋭い双眼で捉えた赤銅大蛇を(にら)み下ろしいきなり首元に噛みつくと頭を喰千切り一呑みにする様をキルシは岩陰で震えながら目にしていた。

 駄目だ。あんな連中に関わったら一瞬で殺されてしまう!



 その岩場からこそこそと逃げだしたことを思いだし、あの蒼白(あおじろ)稻交(いなつるび)の竜がディルシアクト城で(ソード)を振り回していた娘に化けているのかと疑問が膨れ上がった。

 いいや天空の眷族(けんぞく)であり、古き竜──ルシファーの転生とも云われるノッチス・ルッチス・ベネトスが人間など矮小(わいしょう)な生き物に化けるはずがない。

 だが────。

 あのサファイアブルーのような群青髪の理由────。

 守護聖霊としてならどうだ?

 どこかに、どこかに守護聖霊封じの術式を記した魔導書があった!

 守護を封じれば、あんな小娘1人、雑作もなく捻り潰せる。

 アーウェルサ・パイトニサム──()の魔女キルシは狂ったように古書を棚から引き()り出し始めた。





「へ──くしょん!」

 油ランプの炎の灯りが揺れる部屋で、鼻をすすりソファにふんぞり返ったアイリ・ライハラは噴水池なぞに2度も入ることなどなかったと思ったが、一度は飛ばされて落ちたのだと身震いした。

 イルミ王女は寝室に入り、今は静かになった。

 あれの(そば)にいると災厄(さいやく)続きだと少女は思う。馬鹿親父が美女奉公人に鼻の下を伸ばし、報償金に眼が(くら)まなければ、いまごろ自分の家の寝なれたベッドでくつろげたものの、毎晩王女の警固をさせられる私の身になってみろと父をしばく己の姿を想像する。

 アイリは退屈しのぎに着ている目の細かいチェーンメイルをたくし上げ、その下の服もめくると自分の胸の谷間を見た。

 昼間あの石の怪物に殴られた時に割れてしまったと一瞬思ったが無事だった。

 自分の守護であり、力と速さの根元がそう易々(やすやす)と砕けるはずがなかった。

 馬鹿親父が言い聞かせてきたことが本当なら、胸に埋まるこれは地上のものでないらしい。

 なんなのか本当のところはわからないが、この生きてるジュエリーが脈打つのだけははっきりわかる。



 アイリ・ライハラは(まぶた)を閉じ胸の谷間に埋まった鶏の卵ほどの広さの己の髪よりも真っ青な宝石にそっと触れるといつもの光景が意識に浮かび楽しんだ。



 凄まじい速さで飛びす去る雲を後目(しりめ)に天空を自由に楽しむことができた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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