第27話 豆鉄砲

文字数 1,629文字

 山道に戻ったアイリら一行を手負いの騎士らは諸手を上げて出迎えた。

 問題はアイリが連れてきた見知らぬ全裸の若い男の釈明だった。

 まさか天上人(てんじょうびと)(ソード)ノッチス・ルッチス・ベネトスとも言えず、アイリは山で遭難していた男を拾ったのだと言い張った。

 そのことにキルシは口を差し挟まず、ヒルダも気絶していてアイリと男のやり取りを聞いていなかったので話しに交じらなかった。

 ノッチ──本人がそう呼べと(かたく)なにこだわる──に夜営用の毛布を与え真ん中に穴を開けローブのように着させアイリは目のやり場に困ることもなくなると、魔女ミルヤミ・キルシを捕縛(ほばく)しふたたび呪文も使えぬよう猿ぐつわをした。

 アイリは討伐(とうばつ)で命落としたテレーゼ・マカイや騎士らを連れ戻すためにまた冥府(めいふ)へと出かけた。

 死ななければ冥府の苦悩の河(アケローン)へは行けず、少女は刃物で自害するか投身するか悩んだすえ仕方なくまた(がけ)から跳び下りた。

 無事、冥府の苦悩の河(アケローン)からテレーゼと騎士らを連れ帰ったアイリ・ライハラは討伐(とうばつ)隊を率いて帰路についた。

 歩くこと18日間、やっとイルブイの首都に辿(たど)り着き女総大将ヒルダ・ヌルメラと別れたアイリらはイルブイの馬を()りデアチ国へ急いだ。


 帰国したのは討伐(とうばつ)に出征してひと月が過ぎていた。


 まずアイリ・ライハラは、魔女ミルヤミ・キルシを全教区統括異端審問司祭ヘッレヴィ・キュトラに引き渡し王妃(おうひ)イルミ・ランタサルに報告するために謁見(えっけん)()赤絨毯(あかじゅうたん)に顔を揃えた。

「よくぞ魔女を捕縛し連れ帰りました騎士団長アイリ・ライハラと騎士ら諸君。()めつかわします」

 一団の先頭で片膝(かたひざ)ついて(こうべ)垂れるアイリ・ライハラは別段誉められたくてやったんじゃねぇよと下を向いたまま(つぶや)いた。

 だが今日に限ってなぜ玉座の横に小さなテーブルが置かれティーカップが1客だけ置かれているんだ? ポットもないし、とアイリは疑問が湧き上がった。イルミが謁見(えっけん)しながら茶を(すす)ったことなぞ1度も今までなかったのに?

 もしかして魔女との戦いや、どうして少女に戻れたのかとかを根掘り葉掘り長い時間、聞かれるのだろうかと思っていた少女は見当違いのことをいきなり(たず)ねられ眼を丸くした。

「して、アイリ・ライハラ────そなたの横に並び(こうべ)垂れる青髪(・・)の男は何ものぞ?」

 ああ、やっぱりそうきたかとアイリは顔にどっと冷や汗を浮かべた。

 天上人(てんじょうびと)眷属(けんぞく)の竜ですなんて言ったら大騒ぎになるし、かと言って拾ってきた男ですというのも髪色が偶然にも同じで嘘っぽいし、アイリは(うつむ)いたまま帰路あれこれ考えていた言い訳を取っ替え引っ替え(つぶや)いた。

「聞こえませぬよ、アイリ────」

 きっとイルミは玉座の肘掛けに乗せた手の指を昆虫の触手みたくせわしなく動かしていやがるんだろうなぁ、と下を向いたままアイリは唇を(ゆが)めた。

 冷や汗が鼻筋を流れ鼻先からカーペットに落ちてゆくのを見つめながらアイリ・ライハラは破れかぶれだと開き直った。



旦那(だんな)です────」



「ひぃいいいいっ」

 息吸い込むような押さえた悲鳴が聞こえアイリ・ライハラは顔を上げ玉座を見つめ苦笑いを浮かべた。


 王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが玉座から腰を浮かし両腕振り上げ顔を引き()らせている。


 少女趣味のお前が寵愛(ちょうあい)するものが男連れ帰ったのがそんなに悔しいのかとアイリは内心思ったが、イルミ・ランタサルにまた問いただされた。

旦那(だんな)とは────夫ということですか?」

「赤の他人に旦那(だんな)なんて言ったら色目使ってるみたいじゃん」

 その言い草にイルミ・ランタサルは左の(ほお)をこれでもかというほど吊り上げて(まぶた)痙攣(けいれん)させている。

 駄目押ししてやれとアイリ・ライハラは舌をちょろっと出して唇を舐め言い切った。



あれ(・・)の大きさも知ってる────し」



 いきなり王妃(おうひ)が白眼むき玉座に(くず)れ落ち家臣(かしん)らが(あわ)てて駆け寄ったのを見てくすくすと忍び笑い()らすノッチの肩へアイリ・ライハラは自分の肩をぶつけ黙らせた。


 魔女討伐(とうばつ)より勝利感はんぱねぇ────と群青の少女は(うつむ)いてにんまりした。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み