第13話 みっけぇ
文字数 2,022文字
家々の合間の暗がりを物怖じせずに歩いていく少女の背の低さに不安が膨れ上がってゆく。
このものの強さは元剣竜騎士団第2位のヴォルフ・ツヴァイクや第3、4位のマカイのシーデ姉妹を打ち倒したことで確かなのだと元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは己に言い聞かせ続けた。
ヴォルフやマカイ家の双子は戦場だけでなく高野で大型魔獣を討伐した連中だ。
それを斬り倒したのだから、あの町人に化けていた化け物など造作ないと心でくり返す。
だが握りしめた暗殺者の短剣の頼りなさに役人落ちは鳥肌立ち震えが走った。
剣技は経験あれどそれは人との訓練だけで戦にも出たことはない。
それでもわかるのは、戦士は大きな剣を手にしてこそ圧倒的な強さを発揮するということ。それがアイリ・ライハラはヘッレヴィ手にするものとそう長さ違わぬ短剣だけを手にあの魔物を追いかけていた。
怪物が振り回す腕の鉤爪のリーチに遥かに届かぬ短小の刃物。思わずヘッレヴィは尋ねた。
「な、なあ、アイリ。どこかの家から剣を借りないか?」
「あん? そこらの家に剣なんてあるわけないじゃん」
それもそうだ。馬鹿げたことを聞いてしまったと背姿の陰影から振り向きもせず答えた少女にヘッレヴィは思った。
「だが貴君、短剣ではちと分が悪いではないだろうか?」
「あん? そんなの心配いらねぇ。俺の持ってるのソードブレイカーだし」
ソードブレイカー、確か長剣を折ってしまえる短剣。暗殺者の1人が多少形違う短剣を振り回していたのを屋根落ちは思いだした。
「だがあの魔物、貴君の身長よりも長い腕をしていただろう。近づくこともできぬではないか」
「心配いらねぇ。こいつらいるし」
こいつら!? ヘッレヴィが視線を足元に下ろすといつの間に舞い戻ったのか野良猫らが足音もさせずにわらわら歩いているシルエットが辛うじて見えた。
何で猫らはアイリについて来るのだぁ? 木天蓼は口約束で少女がそんなものを持ってるわけがなかった。
裏道が急に開け松明の灯り揺れる大きな通りに出ると、猫らが駆けだした。その先にちょっとした屋敷がありそこへ野良らはこぞって向かってゆく。
まさか魔物が屋敷住まいだと元異端審問官は思えなかったが少女が否定した。
「どうやらあそこに逃げ込んでるな」
そう呟きアイリは建物に近づいて雨戸の閉じられていない窓を覗き込みながら家の周りを回り込み始めヘッレヴィも一緒に部屋の中を見て歩いた。
どの部屋も灯りがなく暗く様子が分からない。
真っ暗闇の部屋からだと、星明かりで照らされているだけの我らの方が丸見えだろうと役人落ちは心臓がバクバクする。
角を回り込んで裏に出るとカーテンで閉ざされた隙間から灯りこぼれる窓を見つけ少女と歩み寄った。
揺らめく油ランプの灯りが顔に吹き出した脂汗を光らせた。そこにはおおよそ似つかわしくないものらが顔を向け合っていた。
「──でありますからに次の生け贄はまだ決まっておらずもうしばらくのご猶予を────」
小太りのおっさんが両膝を床に着き見上げる身形だけは立派な男に進み出て膝と腰を折り顔を近づけた。
「楽しみにしてたんだよなぁ────」
血走った目に睨みつけられみなり立派な男は顔を下げ視線を避けた。
「それはごもっともでございましょう──ですが小娘や若い女を捕らえ魔女処刑と見せかけ火炙り台の床から抜くトリックもこうも頻繁ですと、直に大衆には露呈して──」
小太りのおっさんが右手の指を身形立派な男の顎にかけ顔を上げさせ異様に長い舌でその男の顔を舐めた。
「ご勘弁を! お許しを! 若い娘を見繕って参りますゆえ、どうかお許しを──」
みなり立派な男が膝で後退さろうとすると小太りのおっさんがその男の顎を鷲掴みにしつかまれた男は身動きを取れなくなり震え始めた。
「ボクねぇ────街中で青い髪の女の子に猫を投げつけられて機嫌がすごく悪いんだよ。住人らが捜してる猫使いの魔女ってきっとその子だよね。ボクねぇ────その子がいいなぁ。壊れるまで遊んであげるんだ」
みなり立派な男は、何がボクだと目の前の中年擬きのことを腹立たしく感じたが口にはできなかった。
前任の町長がどうなったか目の前で見ていたのだ。
この中年擬きは前町長に馬乗りになり床に押さえ込んで指の1本いっぽん引き千切り、耳や鼻を食い千切り、口から手を入れ心臓をつかみだした。
機嫌を損ねたが最後、壊れるまで遊ばれてしまう。
「今、しばしのご辛抱を! 多くの町人が捜しておりますゆえ、引っ捕らえ連れてまいりますので──」
時間稼ぎも難しいと町長が思った矢先に窓がガタガタと音を立て、小太りの町人擬きと町長は顔を振り向けた。
今夜はいつになく風のない穏やかな夜だった。
窓がなぜ揺れたのだと町長が思ってる寸秒また窓のがたつく音が聞こえ彼は行きカーテンを引き開け顔を引き攣らせ息を呑み込んだ。
頬が潰れるほどに女役人と盗賊娘が硝子に顔を押しつけていた。
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