第14話 黒い獣
文字数 2,329文字
「こ────のまんま──首落とし────やろうか?」
闇の中から老婆の如 き掠 れ声が聞こえてきた。
根元の鍔 近くまで切れ落ちた剣 を構えアイリ・ライハラは鳥肌だった。
威圧感のない声のはずが雁字搦 めにされた思いがした。
こんな辺境の隠しの神殿に人が生きているとは思えなかった。
事尽 きたエステル・ナルヒが死ぬ間際に言い放っていた。冥府に行ってこの人を連れ戻して来てほしいと。
その何もんかは生きていない。
絶対生きていない。
つきるところ己 の命危 ぶむ魔物なんかでもなかった。
ならアンデッド系かと取れる最善手をアイリは目まぐるしく考えた。
風も感じさせず間合いに踏み込んでくる。そんな相手に使える得物 もない。
あるさ。
女騎士ヘルカ・ホスティラが扉開き入ってくれば予備の長剣 を携 えている。
それまで逃げ切れば勝機はあった。
「こぉ────のまんまぁ──落とし────てぇやろうかしら?」
俯 いたノーブル国とデアチ国騎士団の頂点に立つ見てくれだけ19歳の騎士成り立てのアイリ・ライハラが忍び笑いを洩 らした直後大声で言い放った。
「ふん、虚仮威 しだ! トゥエンティ・ファイブ・ステップ!」
姿も見せない化け物に告げたアイリが顔を上げた寸秒、いきなり髪が唸 りを上げ突き刺さる青い耀 きを放ち闇が引き潮のように退 いた。
脚踏みだし幾つもの消えゆく残像を残し爆轟を広げ加速したアイリ・ライハラが遠ざかった闇に飛び込んだ。
「あぁ────それで──本気────かぁ?」
暗澹 たる絶望が切り開いてくる青に尋ねた。
「お前──後にした────のに──それで────」
「────本気かぁ?」
刹那 、大理石の床に青い耀 きが波打ち派手な音を上げ転がり耀 きが弱まった。
「いてぇ、ちょっと掠 っただけなのに」
両腕を床について俯 くアイリがそう呟 き血を吐いた。弱まった髪の灯火 に漆黒 が肉食獣の如 く忍び寄っていた。
ステップは自分に枷 をかけるための目安だった。どこまで上限があり、どこから引き返せなくなるか、代償に自分の大切な何かを失うか、どのようになるか不安からもうけた目安だった。
30以上は踏み込んだことがないと意識に浮かんだ。だけど────。
「──こいつを蹴りつけボコボコにしてぇ」
這 いつくばったアイリ・ライハラが青に揺れる大理石のマーブル模様を見つめ欲望に呑まれそうになるとまた掠 れた老婆のような声が聞こえた。
「いい──いいなぁ────大上際が悪いのは──────食べたくなるんだよ──腸 ────を」
立ち上がり暗がりの中に潜むそいつへ顔を振り向けアイリ・ライハラは小馬鹿にした。
「汚ぁあねぇなぁ!涎 垂らしやがって!」
その罵 りが切っ掛けとなり闇が急激にうねり迫った寸秒、アイリ・ライハラの脇腹に食い込んだ漆黒 のベールが彼女を蹴り上げた。
腰を折った姿勢で激しく飛ばされた青い残像が遠くの壁に激突し大理石に跳ね落ち手足も起こせぬまま大理石に額を押しつけ激痛にアイリ・ライハラは歯を食いしばり堪 え姿も見ぬ敵を煽 った。
「ちぃい、カスみたない蹴りだな。だから隠れて姿も見せねぇんだろう」
アイリ・ライハラの髪の耀 きが消え入りそうに仄 かになり、取り囲む暗黒の浸食が足の方から蝕 みだし肘 をついて上半身を仰 け反 らせ血反吐 を広げた。
いきなり身を翻 し上半身を起こしたアイリ・ライハラは足元を覆う闇に唇の両角を吊り上げ両手で握った刃 が根元近くで折れている剣 を見えぬ敵に振り下ろした。刹那 、アイリは起きたことに眼を丸くしてしまった。
闇が荒々しい叫び声を上げうねり退 いた。
石床に片膝 ついて立ち上がりかけたにわか 女騎士は飲み込めてきた。
てっきり闇に隠れ不意をつくように襲いかかる姑息な敵だと勘違いしていた。
アイリ・ライハラは右手を上げ折れた剣 を見ると青髪の淡い耀 きに照らされたそれが見えた。
短い諸刃 にタールのような化け物の血がこびりついていた。
巨大な神殿を岩肌に見つけた女騎士ヘルカ・ホスティラは、その広い石段の手前に2つの鞍 と放り出された荷物があるのを眼に留め、きっとアイリ・ライハラらがここにいると思った。
1段がやたらと奥行きのある階段を上って城の塔よりも高い太過ぎる柱の間を抜け広場に出た。進んだ距離からすでに山の中だと思いながら真っ暗でないことに女騎士はすぐに理由に気づいた。
壁に施された装飾のレリーフが淡いパステルの耀 きでその空間を照らしだしていた。
ヘルカは人の気配を探りながらその闘技場 のような広い場所からさらに奥へ行くと城門の10倍ほども高さのある両開きの扉を眼にして傍 へ歩き寄った。
まるで巨人の住居だと女騎士が思った矢先にいきなり鼻がムズムズして大きなくしゃみをしてしまい辺りに響いて見回してしまった。その寸秒、扉向こうから微 かな声が聞こえた。
『ヘルカぁ! ヘルカ・ホスティラ!! 脳筋女ぁ!!! ここだぁ!!!!』
だ、誰がぁ脳筋女だぁ!
頭にきた女騎士は扉を数回蹴りつけ、扉を傷めても意味がないと肩で押し開こうとした。
巨大な扉はびくともしない。
脳筋ではないところを見せてやるとばかりに腰に提げる2口 の長剣 を引き抜き扉の合わせ隙間 に勢いを持って刃口 を食い込ませ力尽 くで広げようとした。
肩で押して動かなかった扉が徐々に開き始めた。
「汚ぁあねぇなぁ!涎 垂らしやがって!」
な、何だと!? 言うに事及 んで涎 垂らしてるだと!? 中から聞こえた罵 りに女騎士ヘルカ・ホスティラは両手で操る長剣 をさらに深く差し込んで力任せにこじりつけた。その寸秒甲高い音に彼女は眼が点になった。
「や、やっちまったぁ!!!」
ヘルカ・ホスティラは2口 しか持たぬ長剣 を根元近くからへし折ってしまった。
闇の中から老婆の
根元の
威圧感のない声のはずが
こんな辺境の隠しの神殿に人が生きているとは思えなかった。
その何もんかは生きていない。
絶対生きていない。
つきるところ
ならアンデッド系かと取れる最善手をアイリは目まぐるしく考えた。
風も感じさせず間合いに踏み込んでくる。そんな相手に使える
あるさ。
女騎士ヘルカ・ホスティラが扉開き入ってくれば予備の
それまで逃げ切れば勝機はあった。
「こぉ────のまんまぁ──落とし────てぇやろうかしら?」
「ふん、
姿も見せない化け物に告げたアイリが顔を上げた寸秒、いきなり髪が
脚踏みだし幾つもの消えゆく残像を残し爆轟を広げ加速したアイリ・ライハラが遠ざかった闇に飛び込んだ。
「あぁ────それで──本気────かぁ?」
「お前──後にした────のに──それで────」
「────本気かぁ?」
「いてぇ、ちょっと
両腕を床について
ステップは自分に
30以上は踏み込んだことがないと意識に浮かんだ。だけど────。
「──こいつを蹴りつけボコボコにしてぇ」
「いい──いいなぁ────大上際が悪いのは──────食べたくなるんだよ──
立ち上がり暗がりの中に潜むそいつへ顔を振り向けアイリ・ライハラは小馬鹿にした。
「汚ぁあねぇなぁ!
その
腰を折った姿勢で激しく飛ばされた青い残像が遠くの壁に激突し大理石に跳ね落ち手足も起こせぬまま大理石に額を押しつけ激痛にアイリ・ライハラは歯を食いしばり
「ちぃい、カスみたない蹴りだな。だから隠れて姿も見せねぇんだろう」
アイリ・ライハラの髪の
いきなり身を
闇が荒々しい叫び声を上げうねり
石床に
てっきり闇に隠れ不意をつくように襲いかかる姑息な敵だと勘違いしていた。
アイリ・ライハラは右手を上げ折れた
短い
巨大な神殿を岩肌に見つけた女騎士ヘルカ・ホスティラは、その広い石段の手前に2つの
1段がやたらと奥行きのある階段を上って城の塔よりも高い太過ぎる柱の間を抜け広場に出た。進んだ距離からすでに山の中だと思いながら真っ暗でないことに女騎士はすぐに理由に気づいた。
壁に施された装飾のレリーフが淡いパステルの
ヘルカは人の気配を探りながらその
まるで巨人の住居だと女騎士が思った矢先にいきなり鼻がムズムズして大きなくしゃみをしてしまい辺りに響いて見回してしまった。その寸秒、扉向こうから
『ヘルカぁ! ヘルカ・ホスティラ!! 脳筋女ぁ!!! ここだぁ!!!!』
だ、誰がぁ脳筋女だぁ!
頭にきた女騎士は扉を数回蹴りつけ、扉を傷めても意味がないと肩で押し開こうとした。
巨大な扉はびくともしない。
脳筋ではないところを見せてやるとばかりに腰に提げる
肩で押して動かなかった扉が徐々に開き始めた。
「汚ぁあねぇなぁ!
な、何だと!? 言うに
「や、やっちまったぁ!!!」
ヘルカ・ホスティラは