第23話 暴露(ばくろ)
文字数 2,726文字
歯を食いしばり顔面に吹き出した冷や汗が滝のように流れ落ちる。正座させられた太腿 に載せられた長い大理石 はすでに4本。馬1頭半の重さに匹敵していた。
「吐けば楽になれる。何者に忠義を立てておるのか、もう1人のタウノ・マキネンが先に吐けば、最後まで反逆した罪状でお前は馬6頭立ての脚裂きの刑となる。先に吐けば鞭打ち一千で城外追放となる」
2人の元騎士は昨日城下の城壁都市でイルミ王女暗殺を企てた容疑で取り押さえられ、まる1日かけて様々な責めを受けていた。
元 騎士のヨエル・スヴェントは尋問官が決して冗談を言っておらず、告げた通りのことを実行するのは目に見えていた。彼は脚裂き刑を見たことがあった。複数の馬に繋 がれた綱を片側ずつの脚に結わえられ、一斉に馬が鞭 打たれる。刑を受けたものはこの世のものとは思えない叫び声と共に体を引き裂かれた。
ヨエルは喋 ればどうせ話を持ちかけた家臣 は死刑になる。そうなれば自分には関係ないと自分に言いくるめた。所詮 、君主を裏切った時点で上の誰を裏切っても同じことと割り切る。そうして尋問官の石責めについに口を割った。
「老家臣 の──ヴィルホ・カンニスト──だ──王政を覆したら──騎士団を与えると──約束された──頼む──脚の大理石をのけてくれ!」
尋問官がニヤリとほくそ笑むと、背後の拷問部屋出入り口で腕組みをし見ていた騎士のヘルカ・ホスティラは眼を細め紅を塗った唇を歪 め、踵 返し厚い木戸を押し開いた。そうしてディルシアクト城の地下通路を鉄靴 を鳴らし急いだ。
ヴィルホ・カンニストは長老家臣の一派だった。
なら他にも繋がった反逆者がいると考えられた。
だがウルマス国王とイルミ王女を亡き者としても、誰もが王位継承権を持たぬ家臣 の即位など認めるはずがないと本人らが一番承知しているはず。
この一件には王位転覆以外に裏があると思われた。
ヘルカはブロンドのポニーテールを激しく揺らしリクハルド・ラハナトス騎士団長へと急いだ。
騎士団の中にも長老家臣 派の息のかかったものらがいる。まずは騎士団長に報せ、イルミ王女に伝えるべきだ。処置を誤るととんでもないことに繋がる畏 れがあった。王女は伏せっているウルマス国王の心労を避け、ご自分で判断を御下しになるだろう。そうなれば古参騎士で動き粛正 するまでだ。
ヘルカは鞘 に収めた剣 のハンドルを左手で握りしめ、石の螺旋階段を2段跳びに駆け上った。
そうして紫のカーペットが伸びる騎士団居館 の廊下を急いだ。
途中、すれ違う侍女 が彼女の強張った表情を眼にし、すぐに顔を逸らし通り過ぎた。
ヘルカは騎士団長の部屋の出入り口で扉のノッカーをつかみ数回叩きつけた。中から「入れ」と許可され彼女が扉を開けるとリクハルド・ラハナトス騎士団長は紋章の入った赤紫のタバートを着用していた。その式典用正装姿を眼にしてヘルカは報せを伝える前にまず尋ねた。
「どうなさったのですか、リクハルド?」
「ああ、アイリ・ライハラがまた手柄を立てたのでイルミ王女が報償式を行うと言って聞かない。仕方ないので内々の式典を行うことになった」
「あの新しい近衛兵副長になった少女がですか──」
ヘルカは顔をしかめ胡散臭い面もちになった。
「お前こそどうした? 血相を変えておるぞ」
「ヨエルが主謀者の名を吐きました」
「誰だ?」
「──長老家臣 のヴィルホ・カンニストです」
「そうか。昼にアイリが倒した怪物もヴィルホの奸計 かもしれんな。良かろう。式典にヴィルホも出席させ、イルミ王女の前で断罪しよう。お前も式典に出よ」
「え!?私 がですか?」
ヘルカは露骨に嫌な顔をして尋ねた。
「ああ、そうだ。ヴィルホ捕縛の手柄を立てさせてやるぞ」
「御意」
ヘルカは騎士団長へ頭を下げ身を返し自室へ急いだ。鉄靴 を鳴らしながら2日に2度も手柄を立てるなど出来過ぎだと感じた。あの少女もどこか怪しいと彼女は思って呟 いた。
「油断できない──」
名を呼ばれレッドカーペットを進み出てくるアイリ・ライハラが同じ側の手と脚を出すので、正面玉座の前に立ち見ているイルミ王女は笑いを堪 えるので懸命だった。
この子ったら、がちがちに緊張してる。
ああ、なんと愛おしいんでしょう!
だがカーペット横に立つ配下のものの配置がおかしいことにイルミ王女は気づいていた。普段ならカーペットの一方に騎士団や兵士が並び、反対側に政 を行うもの達が並ぶ。
内々の式典で出席人数が少ないとはいえ、長老家臣 の1人を挟むようにリクハルド騎士団長とヘルカ・ホスティラがおり、さらに外にライモ近衛兵長が立っているのはどう見ても変だった。
カーペットの反対側ががら空きだ。
イベントの匂いがする、とイルミ王女は胸をときめかせた。
玉座前の一段下側にアイリがぎくしゃくと歩いてくると、少女は左膝 をカーペットに着け、右膝 を立て、長剣 を脇に置くと右手を胸にあて頭 を下げた。
「アイリ・ライハラ、頭 を御上げなさい。そなたは2日間に4度私 の命を救ってくれました──」
言葉の区切りにアイリの顔を見つめイルミ王女は少女がせっかく綺麗な髪色をしてるのにどうしてこうもボサボサなのだと思った。
「──よって報償を授けます」
王女がそう告げると、彼女の斜め後ろに立つウィンザー・ヘラルド・オブ・アームズが進み出て朱いベルベットの布地で覆われたトレイを王女へ差し出した。王女はその中央から1つの羽根を両手で取ると、その手を少女に振り向けた。
「いらっしゃい、アイリ・ライハラ」
少女が玉座前の段に片脚をかけ進み出る姿勢のまま立ち止まるとイルミ王女が両手で持ったそれを少女の左胸に近づけた。そうして付けたのは様々な宝石でできた色とりどりの羽根の形をしたブローチだった。
アイリが視線を下げ贈られた報償を見つめていると、王女が囁 いた。
「その飾りを私 と思い、火急の時はいつでも駆けつけ私 を護ると誓えますか?」
「いやだ」
少女がはっきりと拒絶した瞬間、ライモ近衛兵長が吹き出し慌てて口をつぐんだ。
「ちょっと、アイリ! じゃあなぜ4度も私 を助けたの?」
「ただの偶然、まぐれ、行き当たりばったり。イルミがあんまり襲われるから」
「それでは、私 が悪いみたいじゃない」
口を尖らせ告げる王女にアイリも口を尖らせ言い返した。
「一回、懺悔 室で洗いざらい神父様に告白し改めなさいな」
「失礼だぞ! 身をわきまえよ!」
騎士に挟まれ立つ長老家臣 のヴィルホ・カンニストが声を荒げた。
「身をわきまえるのはお前の方だ! ヴィルホ・カンニスト!!」
皆 の視線が集まると、長老の左横に立つヘルカ・ホスティラが鋭い眼光を横の家臣 に向けていた。そのさまに他の4人の家臣 がうろたえ始めた。
「吐けば楽になれる。何者に忠義を立てておるのか、もう1人のタウノ・マキネンが先に吐けば、最後まで反逆した罪状でお前は馬6頭立ての脚裂きの刑となる。先に吐けば鞭打ち一千で城外追放となる」
2人の元騎士は昨日城下の城壁都市でイルミ王女暗殺を企てた容疑で取り押さえられ、まる1日かけて様々な責めを受けていた。
ヨエルは
「老
尋問官がニヤリとほくそ笑むと、背後の拷問部屋出入り口で腕組みをし見ていた騎士のヘルカ・ホスティラは眼を細め紅を塗った唇を
ヴィルホ・カンニストは長老家臣の一派だった。
なら他にも繋がった反逆者がいると考えられた。
だがウルマス国王とイルミ王女を亡き者としても、誰もが王位継承権を持たぬ
この一件には王位転覆以外に裏があると思われた。
ヘルカはブロンドのポニーテールを激しく揺らしリクハルド・ラハナトス騎士団長へと急いだ。
騎士団の中にも長老
ヘルカは
そうして紫のカーペットが伸びる騎士団
途中、すれ違う
ヘルカは騎士団長の部屋の出入り口で扉のノッカーをつかみ数回叩きつけた。中から「入れ」と許可され彼女が扉を開けるとリクハルド・ラハナトス騎士団長は紋章の入った赤紫のタバートを着用していた。その式典用正装姿を眼にしてヘルカは報せを伝える前にまず尋ねた。
「どうなさったのですか、リクハルド?」
「ああ、アイリ・ライハラがまた手柄を立てたのでイルミ王女が報償式を行うと言って聞かない。仕方ないので内々の式典を行うことになった」
「あの新しい近衛兵副長になった少女がですか──」
ヘルカは顔をしかめ胡散臭い面もちになった。
「お前こそどうした? 血相を変えておるぞ」
「ヨエルが主謀者の名を吐きました」
「誰だ?」
「──長老
「そうか。昼にアイリが倒した怪物もヴィルホの
「え!?
ヘルカは露骨に嫌な顔をして尋ねた。
「ああ、そうだ。ヴィルホ捕縛の手柄を立てさせてやるぞ」
「御意」
ヘルカは騎士団長へ頭を下げ身を返し自室へ急いだ。
「油断できない──」
名を呼ばれレッドカーペットを進み出てくるアイリ・ライハラが同じ側の手と脚を出すので、正面玉座の前に立ち見ているイルミ王女は笑いを
この子ったら、がちがちに緊張してる。
ああ、なんと愛おしいんでしょう!
だがカーペット横に立つ配下のものの配置がおかしいことにイルミ王女は気づいていた。普段ならカーペットの一方に騎士団や兵士が並び、反対側に
内々の式典で出席人数が少ないとはいえ、長老
カーペットの反対側ががら空きだ。
イベントの匂いがする、とイルミ王女は胸をときめかせた。
玉座前の一段下側にアイリがぎくしゃくと歩いてくると、少女は左
「アイリ・ライハラ、
言葉の区切りにアイリの顔を見つめイルミ王女は少女がせっかく綺麗な髪色をしてるのにどうしてこうもボサボサなのだと思った。
「──よって報償を授けます」
王女がそう告げると、彼女の斜め後ろに立つウィンザー・ヘラルド・オブ・アームズが進み出て朱いベルベットの布地で覆われたトレイを王女へ差し出した。王女はその中央から1つの羽根を両手で取ると、その手を少女に振り向けた。
「いらっしゃい、アイリ・ライハラ」
少女が玉座前の段に片脚をかけ進み出る姿勢のまま立ち止まるとイルミ王女が両手で持ったそれを少女の左胸に近づけた。そうして付けたのは様々な宝石でできた色とりどりの羽根の形をしたブローチだった。
アイリが視線を下げ贈られた報償を見つめていると、王女が
「その飾りを
「いやだ」
少女がはっきりと拒絶した瞬間、ライモ近衛兵長が吹き出し慌てて口をつぐんだ。
「ちょっと、アイリ! じゃあなぜ4度も
「ただの偶然、まぐれ、行き当たりばったり。イルミがあんまり襲われるから」
「それでは、
口を尖らせ告げる王女にアイリも口を尖らせ言い返した。
「一回、
「失礼だぞ! 身をわきまえよ!」
騎士に挟まれ立つ長老
「身をわきまえるのはお前の方だ! ヴィルホ・カンニスト!!」