第4話 霧の先

文字数 1,957文字


 アイリ・ライハラの実家でクラウスの3人の妻の1人スティナを手伝い洗濯物を干しているイルミ王妃と同じ名を与えられた記憶喪失の裏の魔女キルシは干したシーツを引っ張る手を止めてしまった。

 反対側でシーツの端を引っ張っていたスティナは見上げている物干し竿から視線を下ろし頭の包帯がなかなかとれない少女を見やった。

「どうしたの、イルミ?」

 声をかけてもシーツつかんだ(おのれ)の手を見つめ動こうとしない少女の異変にスティナは気づき、イルミのそばまで歩きよってまた問いかけた。

「イルミ具合悪いの?」

 記憶喪失の少女は(おのれ)のシーツつかんだ手を見つめ唇を震えるように動かしていた。

「────した────(われ)を────」

 スティナは少女が記憶の断片を思い出しかかっているとイルミの肩に両手をのばし(たず)ねた。

「え!? イルミ、あなた何を?」



「イルミ!? (われ)の────名は────キルシ────魔女キルシ────イルミ・ランタサルは殺すべき奴の名だ!!!」



 指先の黒爪を見つめ叫んだ少女は肩にかけられた手を振りほどいて後退(あとず)さり、その突き刺さるような言葉にスティナは眉根寄せ少女をたしなめた。

「イルミ、あなたは混乱してるのよ。記憶を失い、誰かから聞いた話を真に受けて──」

 聞いていた少女は唇を(ゆが)めクラウスの妻に問い返した。

「鍛冶屋の娘はどこだ!? アイリ・ライハラはどこだ!?」

 鬼気迫る表情で娘の名を言われスティナは不安になった。

「アイリはここにはいないわ。騎士として他の国にいるのよ」

 その騎士という言葉にキルシは顔を(ゆが)(つぶや)いた。



(われ)の頭を────(ソード)で────(われ)の頭を────」



 包帯を巻いた頭に手を当て目を(およ)がせた魔女はいきなり白目をむいて両膝(りょうひざ)を地面に落とすと前のめりに倒れかかり、スティナは(あわ)てて抱きとめると大声で家にいるものを呼んだ。

「誰か! 誰か来て!!!」

 真っ先に作業場から家の外を回り込んで来たのはアイリの父クラウスだった。

 妻の1人に抱きしめられた記憶喪失の少女を眼にし、クラウスはスティナからイルミを抱き上げ家へ駆け込むと少女の部屋へ行きベッドに下ろし癒やしの魔法で手当てを始めた。

 後からついてきて治療を見つめるスティナの背後から部屋の出入り口にもう1人の妻アガータが現れスティナに(たず)ねた。

「どうしたのスティナ!?」

「イルミがいきなりおかしなことを言い始めて気を失ったの。自分のことを魔女キルシだとか、イルミ王女を殺すだのと」

 それを聞いて手当てするクラウスはスティナに問いただした。

「イルミは他に何を言っていた!?」



「アイリの居場所を気にしてたわ。頭を(ソード)でどうかされたと」



 寝かされた少女の包帯巻く顔に視線を戻しクラウスはアイリがこの娘のことをキルシだとか気にしていたことを思いだした。

 アイリがそう言ったのを聞いた本人がそう思い込んだのかもしれないとクラウスは思いたかったが、もしもこの記憶喪失の娘が本当にキルシならとんでもないことになる。

 イズイ大陸でトップを争うような魔女ということになれば、見てくれは13、4の少女でも実際は数百歳だと云われており魔女嫌疑で教会に差しださなくてはならないが、ここへはデアチ国の異端審問官ヘッレヴィ・キュトラが同伴していたではないか。

 クラウスは癒やし魔法(ヒーリング)を行いながら調べなくてはと思った。

「アガータ、スティナ、心配しなくてもいい。戻りなさい」

「必要なものがあれば(おっしゃ)って下さい」

 スティナがそう告げるとクラウスが返事をした。

「ああ、その時は頼むよ」

 2人の妻がイルミの部屋を出て行くとクラウスは手当てを止め別な詠唱(チャンティング)を始めた。


「遥かなる偉業を成し遂げたマーリーンよ。賢者の偉業をもって(われ)になさん。記憶を失いさまようこのものの忘却の霧に隠されし過去を(よみがえ)らさん」


 イルミの額の上で紫紺に(かがや)魔法陣(マジックサークル)が広がるとクラウスは少女に問うた。

(まぶた)閉じたそなたの真名は何という?」

(われ)は────アーウェルサ・パイトニサム────キルシ。裏の魔女キルシなるぞ!」

 その告白が(にわ)かに信じがたかったがクラウスは顔を曇らせさらに問うた。

「そなたを忘却の牢獄に閉じ込めたのはアイリ・ライハラなのか?」



「そうだ────闘技場(アリーナ)(ソード)を使い(われ)の額を刺し()いたのは憎きアイリ・ライハラ。生かしておくものか!」



 その明確な記憶は傷を負わされた鮮明なもので見当違いの思い込みなどではなかった。

 クラウス・ライハラが教会にイルミを差し出すべきか迷い始めた刹那(せつな)、いきなり(まなこ)開いたキルシは一気に上半身を起こしアイリ・ライハラの父の額を右手で鷲掴(わしづか)みにして告げた。



(われ)と来てもらおうかアイリ・ライハラの血筋よ!!!」



 何の詠唱(チャンティング)をも行わなかった。アーウェルサ・パイトニサム・キルシはクラウスをベッドへ引き()り上げ屋根を突き破り空に躍りでた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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