第3話 釘と金槌(くぎとかなづち)
文字数 2,594文字
城門をくぐり抜けどこへ馬車を回せばよろしいんですかとアイリが尋ねると、イルミ王女はそのまま町通りを奥へと教えてくれた。
町の中を抜ける石畳の通りを馬車をゆっくりと進めたが、曳く4頭立ての馬が行き交う人に驚かないことはこの道を通りなれているのだとアイリは座台で手綱操り見下ろしていて思った。
それに王女の馬車が通り抜けても誰も好奇の眼を向けていない。
しばらく進むと城壁がまた見えてきて城壁の奥に大小のベルクフリート──塔が幾つか見えている。
城の中に城がある!
通り抜けてきた街が城壁都市だったのだ。少女はディルシアクト城が大きいと聞いていたけれどこれほどまでとは思わなかった。
その城門の前に着くと大きな鎖で吊された城扉を兼ねる大きな跳ね橋が上げられ、下りてくる場所の左右に2人の兵が槍を立て警固に立っており馬車を眼にし右手を左胸に当て向きを馬車に変えると1人が大声で王女の帰還を告げた。
すぐに鎖で吊された城扉を兼ねる大きな跳ね橋が下ろされ、中へ入ると幾つもの居館や別棟があり、アイリはそれらの取り囲む広場の奥へ曳き馬を向けた。だが城の中に歩いたり立ち話をするもの達は門の警固のようにかしこまって姿勢を正すことがない。王女の存在をどう思ってるのだとアイリは不思議な気がした。そのまま道なりに奥へ馬車を向けると2つ目の広場に出て正面奥のアーチの連なる居館前にまるで馬が覚えているように向かいそばまで行き止まった。
すぐに居館から侍女や従者が数人出てきて馬車の扉前に集まり王女を出迎えるのをアイリはフードの中から見ていて、これで家に帰れると胸をなで下ろした。
「まあ、イルミ王女様、そのお召し物の汚れどうなさったのですか?」
歳嵩の侍女長が馬車から降りた王女のドレスから土を払い落とし始めた。
「レニタ! 愕かないで。ちょっと強盗に会ったんですよ」
明るく話すイルミ王女の周りで侍女達が小さな驚きの声を上げるのをアイリは耳にしながら馬車の座台から反対側へ飛び下りた。そうして自分の荷馬車の1頭立ての駄馬に繋いだロープをほどきに後ろへ歩きだした。
「その良からぬ輩は警固の近衛兵が退けたのですね」
レニタと呼ばれた侍女長が王女に確かめるように尋ねるのが馬車からロープを外しにかかった少女には聞こえていた。
「やだぁ、レニタ。全滅よ。ぜ・ん・め・つ」
アイリはあれを明るく話すイルミ王女がどうかしてると眉根をしかめた。
「でもご無事で戻られて安心いたしました。手綱を握っていたあのものは? 御者のウーノは?」
侍女に問われ王女のトーンを下げた声が聞こえた。
「残念だけど盗賊の手によって──」
そうだ。兵や従者があんたのために命を落としたんだ。少しはしおらしくしろとアイリは思いながら固くなってしまっているロープの結び目をほどくのに苦労し始めた。
「でも、わたくしとヘリヤをあの子が助けてくれたの!」
ひときわ明るくなった声に双眼を強ばらせ少女の指が止まった。嫌な予感がしてそっと少女が顔を上げると馬車の後ろにニンマリとした顔を覗かせているイルミ王女と視線が合ってしまった。
いきなりアイリは片手首をつかまれ侍女達の間に引っ張り込まれた。
小柄なみすぼらしいマント姿の者を見下ろし侍女長が鼻を鳴らした。俯きフードを深く被る姿が少女をよけいに胡散臭く見せていた。
「このような子どもがですか?」
見下すヘリヤの前でフードの下から「チッ」と舌を鳴らした音が聞こえ彼女は眉間に皺を刻んだ。
「紹介するわ! アイリ・ライハラ──今日から宮廷警固の近衛兵に──」
とたんに王女につかまれている手を振りほどこうとしてアイリは身体を捻り声を上げた。
「おいっ!? 一言も聞いてないぞ!」
でっかい馬糞が何を言い出すと少女が抗議した瞬間、イルミ王女はアイリを引っ張りながら荷馬車へ行くと荷台に空いた手を伸ばし麻布を剥ぎ取った。そうして少女の細身の反ったソードのハンドルをつかみそのまま広場横の大きな居館に早足で歩きだしながら侍女達へ振り向いて声をかけた。
「アイリはものすごく強いのよ! 皆さんいらっしゃいな!」
そう言ってアイリと侍女達を引き連れたイルミ王女が居館の扉を開いた先を見て少女は顔をひきつらせた。
幾つもの長テーブルにくつろぐ数十人の近衛兵が一斉に振り向き彼らにイルミ王女が明るい大声でとんでもないことを言い放った。
「ライモ! 近衛兵長ライモ! あなたに真剣勝負の挑戦者よ!」
「おい──そんなことを勝手に──」
言い逃れようとするアイリを引っ張りイルミ王女が中に入ると奥テーブルから背の高い兵士が立ち上がった。
「王女、何ですか、そのちんこいの?」
引き連れたアイリのフードの陰から2度目の舌打ちが聞こえイルミ王女は嬉しくて仕方なかった。それでもはやる気持ちを抑え小声で少女を脅した。
「いいことアイリ、彼との真剣勝負で凄いところを皆に見せなければ生きてこのディルシアクト城から出さない──から」
生きて出さないだぁ!?
イルミ王女のドレス下から覗く靴を踏みつけようとしてアイリは思いっきり床を踏んづけた。
躱された!
アイリが驚いて王女へ顔を向けると彼女がやっと手を放してくれて微笑んで言い切った。
「す・ご・い──ものを!」
そう告げられて長剣を手渡されたアイリ・ライハラは開き直った。
「釘と金槌を貸して!」
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