第14話 策(さく)

文字数 1,406文字

 気がつくとイラ・ヤルヴァに見下ろされていた。

「あ、御師匠様、大丈夫ですか?」

 かけられた声が頭にがんがん響きアイリ・ライハラは顔を(ひず)めた。

「だぁめだぁ、くらくらする」

 イラ・ヤルヴァが水を含んだ手ぬぐいを額に載せてくれて少女は彼女に膝枕(ひざまくら)されていることに気づいた。

「お調子者が、馬の前に転がり落ちるからだ」

 立っている女騎士ヘルカ・ホスティラが腕組みしたまま見下ろして薄ら笑いを浮かべた。

 そうだ。イルミ王女に後ろから(むち)でしばかれて落車して後ろの馬に巻き込まれたんだ、とアイリは思いだし形相を荒げ上半身を起こし怒鳴った。

「おらぁ! イルミ! どこだぁ!」


「ここよ」


 いきなり後ろから馬用(むち)で頭を(たた)かれ乾いた音が弾け少女は両手で押さえ込んで転がり始めた。

「いたぁたたたぁ」

 転がるアイリ・ライハラの(そば)にイルミ王女はしゃがんで顔を両手で押さえ込んで尋ねた。

「アイリ──(わたくし)がデアチへ向かうことをどうして(はば)もうとするの?」

 少女は眼を(およ)がせ女騎士を(にら)むとヘルカ・ホスティラは気まずそうな顔を背けた。

「イルミ、あんた言ったよな。城壁の中の町で屋台の幼子にその子の父親を(いくさ)で死なせたりしないと約束したよな」

 アイリは王女の手を振りほどき立ち上がりながら続けた。

「そのあんたがデアチに乗り込んで大戦(おおいくさ)を起こそうとしてる──間違ってるだろ!」


 イルミ・ランタサルは溜め息をつくと立ち上がって少女を見つめた。


「アイリ・ライハラ────あなたは勘違いしてるわ。(わたくし)が大国との全面戦争を起こすと?」

「違うのか!? 嫌がらせのような献上品を用意して、あんたは元老院(おさ)サロモン・ラリ・サルコマーが激昂(げきこう)し彼が部下に(ソード)を抜かせるきっかけを作ろうとしてる」

 スカートの正面で手のひらを合わせ両の指を絡ませた王女が微笑んだ。

「どうしてデアチの城に入って大戦(おおいくさ)になると? 我々が良くて捕らわれ、最悪首を()ねられるのに、我がノーブル国に仇討(あだうち)ちを叫ぶ義勇のものがまだいると?」

 アイリ・ライハラは驚いた。

 だったらイルミは、王女は、本当に首を差し出しに行くつもりなのか!?

──民をも巻き込む大戦(おおいくさ)を避けることができるなら────喜んでこの命さしだします──。

 少女は彼女が大戦(おおいくさ)を避けるためなら命を差し出すと言ったのを思いだした。

(わたくし)がそんなお馬鹿だと?」

 アイリ・ライハラは身体を強ばらせ瞳を大きく見開いてイルミ・ランタサルを見つめた。



謁見(えっけん)の間で取り囲む騎士、兵士と(くわだ)てものサロモン・ラリ・サルコマーを切り倒し、その混乱に乗じてあの北の大国の中枢──王を倒し王制を転覆させます」



 アイリ・ライハラは息もできなく震えが()い上がるのを押さえつけた。

「イルミ────どれだけの兵に囲まれるか知って────」

 言いながら少女はギルドで耳長のケリス・ドロシーにイルミ王女がこのウチルイすべての奴隷解放を命じた意味を今、理解した。

 デアチの王制転覆期にウチルイを北へ進軍させないために奴隷を奪いウチルイ国内を混乱させるつもりなんだ。イルミ・ランタサルは最初から、家臣ヴィルホ・カンニストの裏切りを知ったそのときからすべて決めていたんだ。

 アイリ・ライハラは1歳しか違わぬ王女を見つめ彼女が微笑みながら、その実、瞳に恐ろしく冷たい焔を揺らめかせていることに気づき視線を下ろし、王女(プリンセス)が絡めた両の指を妖しく(うごめ)かせているのを眼にした。



 イルミ・ランタサルは末恐ろしい女王(クイーン)になる。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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