第4話 説法

文字数 2,058文字

 何事だろうか?

 ノーブル国リディリィ・リオガ王立騎士団で元騎士団長を務めていたリクハルド・ラハナトスは城下を散策中に宮廷の正門へ市民が口々に(ささや)き合いながら駆けて行くのに気づきそちらへと(あし)を向けた。

 イルミ・ランタサルは軍事大国デアチ国王妃(おうひ)の座へとつきリディリィ・リオガ王立騎士団のみならず剣竜騎士団にも護られ安泰(あんたい)と老齢の騎士は思う。

 だが祖国に比べデアチ国は民の多さゆえ紛れ込んだ王妃(おうひ)不逞(ふてい)(くわだ)てる(やから)も目に止まりにくい。

 リクハルドは王妃(おうひ)の近辺警護をアイリ・ライハラやヘルカ・ホスティラら若いもの達に任せ、自分は城下や宮廷内を散策し不審者の狩りだしに精を出していた。

 今日は取り立て目立つものを見かけはしなかったが、1人立派な(よろい)の造作から上位の女騎士だと思われるものが城下を抜けて行くのを目にした。

 城下や城都の外でも(よろい)を着た騎士はよく見かける。警護へ向かうもの、治安維持に急ぐもの、騎士たるものいかなる時も、国と王家、(たみ)を護るため(そく)闘いの用意は必要だが、合戦場ならいざ知らず城下を歩くのに(スカル)の面を下ろしたまま歩くのは奇異だと元騎士団長は思って後をつけ始めたら人ごみに紛れて見失った。

 アイリ・ライハラが倒したこの国の黒騎士も近衛兵などに聞くと1度も顔を見たものがおらぬと口をそろえる。やはり北の大国はノーブル国と違い奇異だと彼は思った。

 人々が集まる上に城門が見えて来ると何やら騒がしい。

「すまぬ。ちょっと通してくれ」

 野次馬にそう告げ前へ出ようと彼が人垣をかき分けているときに覚えのある罵声(ばせい)が聞こえた。

「アイリ・ライハラぁのまがい物ぉ! 殺すつもりかぁ! そこで待ってろぉ! 顔の見分けがつかぬほどに────あぁ馬鹿もの! 手を放すなぁ!」

「滑るんであります! ホスティラ殿ぉ! すみませぬ!」

 兵らしい男の声の後にザバッと派手な水音が聞こえ続いて聞き覚えの(わず)かにある声が聞こえた。

「小猿めぇ、切り刻んでやる! 切り(きざ)んでやるから逃げるな────あああ、こら! そんなつかみ方ではぁぁぁ」

 あの声は、デアチ国の原野で襲いかかった呪いの罵声浴びせる紫の甲冑(アーマー)を着ていた女騎士に似ているとリクハルドが思い出しながら人ごみの先に出ると掘りに水柱が上がった。

 跳ね橋の上から(のぞ)き込む近衛兵らと(ひざ)を折り下を(なが)める王妃(おうひ)イルミ・ランタサルがおり、その横に青髪の────な、なに奴かぁ!? 成長したアイリ・ライハラなのか!? いや別人か!? 騎士団長は休みをとり帰郷しているはず。他人の空似にしてはアイリ・ライハラの横顔に瓜二(うりふた)つの娘と彼は困惑し王妃(おうひ)に声をかけた。

王妃(おうひ)様、いかがなされましたか、この様な場所で?」

 リクハルド・ラハナトスが問うとイルミ・ランタサルが掘りの中へ腕延ばし指さして説明した。

「ちょっと、人の底意について学んでいるところです。くすくす」

 言い終わりたまらぬといった風情で王妃(おうひ)が含みを()らした。

 元騎士団長が掘りを(のぞ)くと、黒い水面に浮き沈みする兵らや──あっ! ヘルカ・ホスティラ!? 大柄な女騎士が泳ぐ兵士につかまり黒い水面に(スカル)被った顔を出してゼイゼイ言っておる──なぜにこやつら無謀にも重い甲冑(アーマー)を身につけ泳法(えいほう)の練習など、とリクハルドが思う寸秒下ろされた数本の梯子(はしご)に群がっては下りて助けを差し伸ばすものらの手を握りしめながらそれをスッポンスッポン手放してはまた必死の形相で泳ぎ始める冗談じみたことをしておるのだとリクハルド・ラハナトスは苦笑いし思った。

王妃(おうひ)様、何故にこのものらは寒空の下に掘りの中で修行などしておるのです?」

 元騎士団長が尋ねるとイルミ・ランタサルが愉快でたまらぬといった明るい感じで応えた。

「いえね、ヘルカがヴァンパイアと掘りに落ちたので助けに兵らを落とし油を(そそ)いだのですが、まだ誰も梯子(はしご)を登って来ないどころか、伝って下りた兵らも足滑らせて泳いでいるのですよ、あはははぁ」


 ヴァンパイア!? こ、この王族は、今、()注いだだとぉ!? 黒光りする水面はそのせいか! そ、それでは上がって来れぬではないか!


「早く(なわ)を用意せよ! (なわ)で引き上げるのだ! でないと溺れ死ぬものが出るぞ!」

 元騎士団長は跳ね橋や掘りの周囲にいる兵らに命じると数人が門の内に(あわ)てて駆けて行きリクハルドは王妃(おうひ)が横の青髪の娘に話しかけているのが聞こえ顔を引き()らせた。

「アイリ、ご覧なさいな。どこの国のどのように勇猛果敢(ゆうもんかかん)で恐れられる兵であっても、命からがらだと外分もなく本心をさらけ出します──」


「お前が出自を気にしても、人は(おのれ)のことを1番に考えお前が思うほどには(こだわ)らないのですよ」


 跳ね橋にしゃがんだ王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが(そば)に腰を下ろし堀の兵らを(のぞ)く青髪の娘へ間違いなくアイリ・ライハラの名を呼び(さと)すのを元騎士団長は耳にした。


 女騎士ヘルカ・ホスティラほども歳がいってしまっているのはやはり騎士団長は本当に魔女で少女だと(いつわ)っていたのかと横目で見つめ元騎士団長は娘の(そば)にいる王妃(おうひ)の身を案じ冷や汗にどうすると焦り始めた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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