第13話 決行

文字数 1,756文字


 陽も暮れ夕闇が街を染めかける寸前の時刻、アイリ・ライハラはパン屋の裏口から外へ出て城を見つめた。

 赤く染まる城壁が政権の運命だとアイリは思った。

「無謀すぎます。我々は命を捨てに来たのではないのですよ」

 テレーゼ・マカイに言われ少女は応えた。

「生き残るさ。死に物狂いで」

「どうするんですか今夜? 伸ばすつもりはないのでしょう」

「アグネスが戻りたがるかによるよ。ここで育ち引き()がされるのを嫌うかも」

 テレーゼが沈黙した。そう思ってないことのあらわれだったのでアイリが代弁した。

「芯の強い子だ。(わめ)かず懇願(こんがん)しない。父と母を殺した連中を許さない」

 テレーゼは両腕を振り上げた。

「あ──わかった! わかったったら! あなたったら! 着いていきます。死んだらまた連れ戻しに来て下さいよ!」

 アイリが振り向いて影覆う顔で微笑んだ。その笑みが(こと)(ほか)不気味に見えた。テレーゼは自分が慕う少女が以前の姉よりも恐ろしいとこの時気づいた。

 部屋に戻りアイリ・ライハラは(みな)に語りかけた。

「城はまだ警戒態勢にない。柵を壊し侵入したのが見つかってないのは変だ。巡回がいたはずだ。深夜になれば警戒が厳しくなるだろう。微睡(まどろ)み始めた頃合いを襲う」

「騎士団長、別れるんですか?」

 実際の歳より若く見える第5位騎士のカレヴァ・カンナスが(たず)ねた。

「いや、(みな)でアグネスを護衛しながら端から肩付けていく。俺が先陣切るから心配するな」

「時間かかりますよ」

 カレヴァが警告した。言っている意味は明白だった。兵が集まって混沌となる。そうなると切り抜けるのが至難(しなん)となる。

「問題は時間だけじゃないさ。倒す相手の見分けがつかない。俺自身手当たり次第という気分さ」

「ふん、その方が手っ取り早いならやるだけだ」

 そうヘルカ・ホスティラが言い切った。この女騎士の糞度胸はこういう時に助けになるとアイリは視線を送った。

「だが夜間にどうやって城の跳ね橋を渡る? 下ろし格子も上げてもらえないぞ」

 ノッチが素朴な質問をすると、アグネスが手を上げたのでアイリが(うなづ)いた。

「朝食用のパンを荷馬車でいつも今頃届けるんです」

 騎士ら(みな)が王女へ振り向いた。





 跳ね橋の手前にロバ引きの荷馬車が止まり見張り塔から近衛兵が見下ろした。

「こんばんは! いつものパン屋です」

「今夜は量が多いんだな」

「たくさんご注文いただきありがとうございます!」

 ロバの横で手綱(たづな)握るパン屋の娘がお辞儀し近衛兵は跳ね橋を下ろす指示を出した。橋が下ろされると鈍い音とともに落とし格子扉が引き上げられ城内への通路が通じるとロバを引いてパン屋の娘が城壁をくぐり抜けた。

 落とし格子扉の溝を通り過ぎるとパン屋の娘が荷車のシートを片手で叩いた。

 寸秒、次々に麻布の端から城門の陰に人が降り立った。それには眼もくれずパン屋の娘は厨房のある居館(パレス)へと向きを変えて歩き続けた。

「このまま城壁沿いをアグネスの向かった居館(パレス)へと走るぞ」

 アイリがそう小声で命じると(みな)は足音を殺して駆け出した。影に影が駆け込み獣の躍動が音を忍ばせ城の中枢へと向かった。





「破壊された柵の午前中の巡回では間違いなく壊されていなかった」

 姉のタルヤ・ジンデルが棒で卓上に広げられた大きな地図の野原を指し示した。

「入られたな。ノーブルの手のものか」

 そう告げ次女のウネルマ・ジンデルが地図を叩いた。

「だからあの矮小の国を野放しにするなと将軍に勧告したのだ」

 三女のヴェーラ・ジンデルがテーブルの脚を蹴り飛ばした。

間諜(かんちょう)じゃないな。穏やかじゃない。武人だ」

 姉のタルヤが警告した。

「狙いは王家か?」

 次女ウネルマが杞憂(きゆう)を口にした。

「派手に潜入したんだ。王家打倒だけではあるまい」

 三女のヴェーラが用心を口にし姉の二人を(にら)んだ。

「城内の警戒態勢をフューズ4に引き上げよう。衛兵!」

 呼ばれ近衛兵将校が入室し姿勢を正し長女タルヤは命じた。

「有り難きことに敵兵が動いている。攻城の危険性がある城壁の守りと巡回を増やし逐次報告させよ」

「城下のパトロールに問題は御座いません。今宵(こよい)に攻城戦ですか。不可能と────」

 喉元に向けられた剣先(ポイント)に近衛兵将校は言葉を失った。(ブレード)を振り向けられた気配すら感じさせないことに改めて(くれない)の三連火の手腕に近衛兵将校は生唾(なまつば)を呑んで受令した。


御心(みこころ)のままに」





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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