第10話 恨みつらみ

文字数 1,868文字

 騎士団長を護ろうと前に進み出た騎士ら4人が次々に落雷に打たれた。

 その光景に少女に戻ったアイリ・ライハラは顔を強ばらせ青ざめた。

 だが彼らが身につけている甲冑(アーマー)が幸いした。

 落ちた稲妻は騎士らの甲冑(アーマー)を伝い地面へと(ほとばし)った。

 しかし魔女の打ち下ろした落雷は凄まじい力を持ち甲冑(アーマー)に接する騎士らの皮膚を大きく焼き彼らは次々に地面に倒れ込んで動かなくなった。

 それをアイリは死んでしまったと思い込んだ。

 アーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシは嬉々として次の魔法詠唱(チャンティング)に入った。

 アイリは自分を生き残らせたのは最後に徹底的に(いたぶ)るためだったのだと思った。

 がばがばのチェインメイルの上から胸のくぼみの(あい)に今一度右手を当て胸に埋まっていた群青の宝石を確かめた。

 指は直に皮膚に触れ何も埋まってはいない。

 やはり神の剣の竜は自分から消え去ったのだと悲しくなった。

 力を失ったばかりに騎士数人を死なせてしまったことが宝石の代わりに辛く胸に居座っている。

 (かたわ)らにいつの間にかイルブイの女総大将ヒルダ・ヌルメラが半月刀(シャムシール)を魔女に向け構え立っていた。

「心配はござらぬアイリ殿! このヒルダ・ヌルメラにお任せあれ」

 そう告げて大柄な女剣士は左手で半月刀(シャムシール)を構えたまま(こぶし)よりも大きな岩を右手に握りしめており振りかぶった。

 お前のノーコンは致命的だ。そう偶然が何度も起きるものではないとアイリは呆然とした眼差しで投擲(とうてき)するウンチな女を思った。

 だがアイリはちょっと期待した。ヒルダは適当に投げ1度は魔女ミルヤミ・キルシの顔面に命中させたのだ。

 だが──もう投げる前から向きが違っている!

「おりゃぁああああ!」

 かけ声だけは凄まじく投げた岩は夜の闇にもわかるほど山肌の山道わきにそそり立つ岩の壁の上の方へ消えしばらくして遠く上の方で岩がぶつかる音がした。

 全然駄目じゃんとアイリはマジで落胆した。

 結局、少女騎士は重い長剣(ロングソード)を振り回して素手の魔女を()り倒さないといけないのだと唇を噛んで両手でハンドルを握りしめ(ブレード)震えさせながら刃口(きっさき)を地面から離した。

 こんな重い剣を木の棒でも振り回すみたくかるがると自分は扱っていたのだ。

 神の眷属(けんぞく)のおかげだったのだ。

 今の自分は魔女どころか、低級の小さなゴブリン1匹すら倒せないとアイリは(なげ)かわしく思った。

 魔女ミルヤミ・キルシは道の先で長々とした詠唱(チャンティング)を終え白い布のローブの腕を左右に広げたのが暗闇に(ほの)かに見えていた。

 またキツい魔法をぶっ放すつもりだろうなとアイリは気持ちが()えてきた。

 構え上げた(ブレード)が重さに負け下がり始めるのはなにも細い腕をプルプルさせてのことだけではない。

 戦うモチベーションがだだ下がりなのだ。

 アイリはふと横に並ぶ蛮族の女剣士に小声で告げた。


「ヒルダ──(ソード)を下げ気を失った振りして地面に伏せろ」


 暗闇に眼が振り向いたのがわかった。

「アイリ殿、それはできぬご命令でござる。拙者(せっしゃ)腐ってもイルブイ一族の女。敵に尻を見せるつもりは毛頭ござらぬ!」

 蛮勇と力だけが取り柄のこの女剣士が言うこと聞くわけがないとアイリは顔を引き()らせた。

 これじゃあ黄泉からテレーゼ・マカイだけでなくこいつも連れ帰らなければならなくなる。いや、それだけではない。魔女討伐(とうばつ)に連れてきた騎士らもけっこう命落としていた。

 だが今の自分は、煉獄にある苦悩の河(アケローン)河守(かわも)りカローンから逃げ切れない気がする。

 魔女に殺されたら復活戦は望めそうにもなかった。

 いきなり真っ白なローブ広げている魔女ミルヤミ・キルシが下卑(げび)た忍び笑いを漏らし始めアイリはなんとなくローブだけはぼやけて見える魔女へ視線を向けた。


「アイリ・ライハラ────貴様はよくもデアチ国闘技場(アリーナ)(われ)の頭を(ソード)で刺し砕き意識や記憶に混乱を(もたら)したな! それに我を縛って野に放置したせいで野犬に襲われ大事な美貌が台無しだぁ!!!」


「嘘つき! お前、恨みをしっかり覚えてるじゃん!」

 発作的に言い返しアイリはしまったと思った。ミルヤミ・キルシは輪をかけて激昂(げきこう)するぞと訂正した。

「そんだけ覚えていたらもう大丈夫。田舎に帰って静かに暮らしなさい」

「誰がぁ──田舎暮らしするかぁ!!!」

 ああ言えばこう言う。魔女ミルヤミ・キルシが怒鳴り声張り上げたその時だった。



 いきなり山道横にそそり立つ山肌の急傾斜から轟音を響かせ馬車(キャリッジ)6つはありそうな巨大な岩石が転がり落ちてきて山道にぶつかり道を大きく(えぐ)り山道下の崖の闇に吸い込まれていった。



 唖然となったアイリ・ライハラとヒルダ・ヌルメラの目前で魔女の白いローブがかき消えた。







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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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