第7話 うんち

文字数 1,848文字


 少女に引っ張れるまま2階に駆け上がった元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラは、もはや袋小路で逃げ場を失ったと動転した。

「ど、どうするのだアイリ!?」

 半濡れの衣服を頭からすっぽりと被ったアイリ・ライハラはもぞもぞと服を下ろしながら窓を指さした。

「あっち」

 窓!? 窓からどうするのだと、役人落ちは困惑した。まさか空を飛べというのか!?

「わ、(われ)は貴君のように、飛べないぞ!」

 すっぽん、と襟首から頭出した少女は口をひん曲げていた。

「俺がいつ飛んだよ!?」

「貴君、闘技場(アリーナ)で飛んだんだろ!?」

 ぷらぷらと少女は右手のひらを振り否定した。

「飛べるかぁ! (ソード)の反動でジャンプしたんだよ」

 そう言いながらアイリはランプを消し窓に行きそっと開くと、雨戸を(わず)かに広げ隙間(すきま)から屋根下の気配を(うかが)った。

 家人らはまだ玄関口でうろうろしていた。

「ヘッレヴィ、音を立てるなよ」

 そう告げ少女は雨戸を押し切り窓枠に片足を乗せ一気に屋根に踏みだした。

 屋根の傾斜は緩やかで転び落ちる心配はない。

 アイリは足音を殺し(みね)へ向かって登り始め振り向くと窓から元異端審問官が身を乗りだしてきて屋根の上で口をパクパクさせた。

『ま、待てぇ──アイリ──や、屋根に上がってどうするのだぁ!?』

 アイリは苛ついて片腕を振り上げ口をパクパクさせ()かした。

『早く来いよ、このあんぽんたん!』

「き、貴君、今、(われ)愚弄(ぐろう)したな!?」

 声を押し殺しヘッレヴィ・キュトラは少女を指さし抗議した。

 少女は唇の前に人さし指を当て静かにしろとジェスチャーすると早口でパクパクと言い返した。

『し────っ! このすかたん! 声ぇ出すなぁ!』

 屋根の下から声が聞こえてきて2人は固まってしまった。

「あなた、屋根で声がしなかった?」

「屋根なんかで声があるわけないだろ?」

『き、貴君は、何度も(われ)を────あっ!』

 また腕を振り上げ少女を指さそうとした役人落ちはすってんと足を滑らせ少女の方へ両手を振り上げたまま遠ざかり始めた。

 あっ! 馬鹿やろう!

 アイリが駆け戻ろうとした矢先に(ひざ)をついた元異端審問官は屋根板をつかもうと指を曲げ爪立て必死で引っ掻きながら屋根から落ちてしまった。

「キャ──人が、あなた、人が落ちてきたわ!」

 ああ! 本当に落ちやがった!

「痛ぁあああっ」

「お、お前、なんだぁ!? 盗賊娘を追えと指図(さしず)してた役人さんじゃないか!?」

「いや、これは、そのぉ──」

 やり取りを耳にして咄嗟(とっさ)にアイリ・ライハラは大声を出した。



「ざぁまぁみろってんだ! 捕まってたまるかぁ!」



 屋根の端に行き少女が顔突き出し(のぞ)くと尻餅ついていたヘッレヴィ・キュトラがいきなり立ち上がり指さした。

「き、貴様ぁ! よ、よくもぉ! に、逃すかぁぁあ!」

 おいおい、その(にわ)か役者みたいな勢いのなさ、バレるだろうがぁ! と屋根に隠れた少女は眼を寄せて思った。

 直後、屋根落ちが家人に命じるのが聞こえた。

「あなた方は裏に回り逃げ道を(ふさ)ぎなさい!」

 おぉ! 勢い取り戻したなぁ。と想いながら家の裏に駆けていく家人らの足音を聞いたアイリは屋根の端から顔を突き出した。

「よう、屋根落ち。飛び下りるから離れてろ」

 そう言って少女はひらりと屋根から飛び下りる瞬間、下でおろおろするヘッレヴィが見えた。

 元異端審問官を尻に敷いたアイリは(わめ)いた。

「ば、馬鹿かぁ!? 退()いてろって言ったじゃん!」

「き、貴君がぁ下りて来るのを! ひらりと(かわ)してみせようと────」

 こ、こいつ、あんな緩い屋根から滑り落ちるし、落ちてくるものも(かわ)せないのか!?


「お前ぇ、プライド馬鹿だけじゃなくて運動音痴(う ん ち)だなぁ!?」


 少女が思わず本音を()らすと屋根落ちが腹を立てた。

「あっ! 貴君、(われ)を馬糞みたいに言ったな! そ、それにプライド馬鹿とはなんだぁ! なぜ(われ)がプライド馬鹿なのだ!?」

 尻に敷かれてなおその強気は何なのだと少女が立ち上がると、家角を曲がって家人夫婦が戻って来た。

「どうします? 裏に来ないんだけど──あっ!」

 家人の旦那がヘッレヴィの(そば)に立つ盗賊娘を指さし叫んだ。

「ガキ強盗!」

 途端にアイリは脱兎(だっと)(ごと)く駆け出した。

「き、貴様ぁ! よ、よくもぉ! に、逃すかぁぁあ!」

 立ち上がりながら逃げる少女へ腕振り上げ指さす屋根落ちは、またアイリ・ライハラを探さねばならないと思わずため息をついた。


「お役人さん、気を落とすでないさ。あの強盗は街のもんが捕まえるから」



 夫婦に言われそれが1番困るのだとヘッレヴィ・キュトラは気落ちした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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