奪い取った矢を使い切り弓を投げ捨て、再び腰のスキャバード──
鞘から己の
剣を引き抜き
鎧、
甲冑を身につけた兵へ斬りかかった。
1人、2人、3人──倒しても、なお倒しても群がる敵を斬り刺し
貫く。
遠くには、軍旗を
翻す立ち並んだ味方が問うていた。
お前は味方たる資格があるのか。
お前は我々のために戦えるのか。
わたしはわたしのために生き残る。
最後に立つのが自分だと信じて両手両脚にもっと力をと強要し続けた。
叫び声を上げそうになり、アイリ・ライハラは口を押さえて眼を覚ました。
酷い夢だった。
合戦場の話は聞いたことがあったが、味方のいない場所で倒しても押し寄せる敵に呑み込まれると思った。
暗い部屋には寝息が聞こえ、アイリは自分が王女の寝室にいることを思いだした。
だが人の気配がもう一つあった。
しなやかに脚を繰り出し音を忍ばせてイルミ王女の居間から寝室に入り込んだ
暗殺者はソードブレイカー(:短剣の一種)を握りしめたまま、月明かりの射すベッドへと近づいていた。
その黒ずくめの
暗殺者は窓際のカーテンの下に光るものを見つけ瞬時に脚を止めそれを凝視すると、一対の
鉄靴の先が見えていた。
つま先の開き具合が今にも飛びかからんとするように見えた。
イルミ王女の命を奪うなど簡単だった。そのことを確実にするために
暗殺者はカーテンの陰に隠れる兵士か騎士を先に倒す方を優先させ、向かう先をカーテンの方へと変え脚を繰り出した。
胴は
鎧か
鎖帷子を着用してるなら首を一撃で切り開くしかなかった。
鉄靴のサイズから身長と肩の高さを想定する。
右肩の後ろに
肘を引き逆手のソードブレイカーをしっかりと握りしめる。切っ先がゴージット──
顎甲に
阻まれても硬度と
靱性の高いソードブレイカーなら突き破ることは可能だった。
敵が暴れること想定し左手で顔面を押さえつけるために構え息を殺しタイミングをはかる。
城壁粉砕機の投石機が弾けるように恐ろしい素早さでカーテンに飛びかかり
刃を食い込ませた。
皮膚とその下にあるはずの組織。
それがもっと硬く、それでいて
僅かにブレードの食い込む異質の感触にすり替わった。
その右手に伝わる感触に
暗殺者の双眼が大きく見開かれた。
刹那、後方に聞こえた空気を引き裂く
唸りに
暗殺者は
咄嗟に横へ飛び退き、壁を棒が
叩く炸裂音を聞きながらそのまま床に左手をつき側転し逃げた。それを追いかけるように壁や床から棒がぶつかる激音が連続した。
「なにごと──ですか!? アイリ!?」
「その場に! イルミ!!」
ベッドの方から声が聞こえ、逃げる
暗殺者はそれがイルミ王女のものだと考え、答え指示したもう一つの声が妙に子供っぽい、しかも女だと思いながらこの棒で襲いかかる何ものかはどこから現れたのだと混乱した。
逃げてばかりでは
埒があかないと
暗殺者は
衝立の裏に逃げ込みそれを力任せで相手へ倒した。
その瞬間、倒れかかった
衝立の中央を突き破りスピアの一撃が
暗殺者の左肩に食い込んだ。だが倒れた
衝立が障害になり食い込んだ
鉾先は浅かった。
もう一撃される前に
暗殺者は倒れた
衝立に駆け上がり、
衝立の中央をソードブレイカーで深く突き立てた。
その乗った
衝立を後ろからすくい上げられ
暗殺者は前へ空転し着地すると振り向き身構えた。下敷きになった何ものかは打ち込まれるソードブレイカーを予測し身体を
衝立の下で逃がしていたと殺し屋は驚いた。
月明かりの中で微かに見えたその兵士はあまりにも小柄でひ弱に思えた。
だがこれまでその小柄な兵士にほぼすべて主導権を握られていた。
もたついている余裕はなかった。
近衛兵が駆けつけ騎士が現れたら逃げ場を完全に
塞がれる。
一瞬に背を向け
暗殺者が寝室の出入り口から駆け出そうとしたその先の床に石が砕ける派手な音と共に微かに見えたのは床に斜めに刺さり激しく揺れるパイクだった。
暗殺者はそれを一撃で蹴り折り、居間を駆け抜け扉を乱暴に引き開き廊下へと逃げて行った。
寝室のランプに火を灯すとイルミ王女が驚いた。
アイリの着る肌着の脇腹に血が広がり染まり始めていた。
「アイリ! あなた怪我を!」
「イルミ、城門を閉じ城壁の警備を厳重にさせて──」
「それよりも手当てをしないと」
「逃げた
暗殺者はパイクを蹴り折ったんだ。どちらかの肩と向こう
脛ねに怪我をしてる奴が
暗殺者だ──」
そこまで告げアイリ・ライハラは
片膝を床について脇腹を手で押さえ込んだ。