第14話 手負い

文字数 1,814文字




 奪い取った矢を使い切り弓を投げ捨て、再び腰のスキャバード──(さや)から己の(ソード)を引き抜き(よろい)甲冑(かっちゅう)を身につけた兵へ斬りかかった。

 1人、2人、3人──倒しても、なお倒しても群がる敵を斬り刺し(つらぬ)く。

 遠くには、軍旗を(ひるがえ)す立ち並んだ味方が問うていた。

 お前は味方たる資格があるのか。

 お前は我々のために戦えるのか。

 わたしはわたしのために生き残る。

 最後に立つのが自分だと信じて両手両脚にもっと力をと強要し続けた。



 叫び声を上げそうになり、アイリ・ライハラは口を押さえて眼を覚ました。



 (ひど)い夢だった。

 合戦場の話は聞いたことがあったが、味方のいない場所で倒しても押し寄せる敵に呑み込まれると思った。

 暗い部屋には寝息が聞こえ、アイリは自分が王女の寝室にいることを思いだした。

 だが人の気配がもう一つあった。




 しなやかに脚を繰り出し音を忍ばせてイルミ王女の居間から寝室に入り込んだ暗殺者(アサシン)はソードブレイカー(:短剣の一種)を握りしめたまま、月明かりの射すベッドへと近づいていた。

 その黒ずくめの暗殺者(アサシン)は窓際のカーテンの下に光るものを見つけ瞬時に脚を止めそれを凝視すると、一対の鉄靴(サバトン)の先が見えていた。

 つま先の開き具合が今にも飛びかからんとするように見えた。

 イルミ王女の命を奪うなど簡単だった。そのことを確実にするために暗殺者(アサシン)はカーテンの陰に隠れる兵士か騎士を先に倒す方を優先させ、向かう先をカーテンの方へと変え脚を繰り出した。

 胴は(アーマー)鎖帷子(チェインメイル)を着用してるなら首を一撃で切り開くしかなかった。鉄靴(サバトン)のサイズから身長と肩の高さを想定する。

 右肩の後ろに(ひじ)を引き逆手のソードブレイカーをしっかりと握りしめる。切っ先がゴージット──顎甲(くびよろい)(はば)まれても硬度と靱性(じんせい)の高いソードブレイカーなら突き破ることは可能だった。

 敵が暴れること想定し左手で顔面を押さえつけるために構え息を殺しタイミングをはかる。

 城壁粉砕機の投石機が弾けるように恐ろしい素早さでカーテンに飛びかかり(やいば)を食い込ませた。

 皮膚とその下にあるはずの組織。

 それがもっと硬く、それでいて(わず)かにブレードの食い込む異質の感触にすり替わった。

 その右手に伝わる感触に暗殺者(アサシン)の双眼が大きく見開かれた。

 刹那(せつな)、後方に聞こえた空気を引き裂く(うな)りに暗殺者(アサシン)咄嗟(とっさ)に横へ飛び退き、壁を棒が(たた)く炸裂音を聞きながらそのまま床に左手をつき側転し逃げた。それを追いかけるように壁や床から棒がぶつかる激音が連続した。

「なにごと──ですか!? アイリ!?」

「その場に! イルミ!!」

 ベッドの方から声が聞こえ、逃げる暗殺者(アサシン)はそれがイルミ王女のものだと考え、答え指示したもう一つの声が妙に子供っぽい、しかも女だと思いながらこの棒で襲いかかる何ものかはどこから現れたのだと混乱した。

 逃げてばかりでは(らち)があかないと暗殺者(アサシン)衝立(ついたて)の裏に逃げ込みそれを力任せで相手へ倒した。

 その瞬間、倒れかかった衝立(ついたて)の中央を突き破りスピアの一撃が暗殺者(アサシン)の左肩に食い込んだ。だが倒れた衝立(ついたて)が障害になり食い込んだ鉾先(ほこさき)は浅かった。

 もう一撃される前に暗殺者(アサシン)は倒れた衝立(ついたて)に駆け上がり、衝立(ついたて)の中央をソードブレイカーで深く突き立てた。

 その乗った衝立(ついたて)を後ろからすくい上げられ暗殺者(アサシン)は前へ空転し着地すると振り向き身構えた。下敷きになった何ものかは打ち込まれるソードブレイカーを予測し身体を衝立(ついたて)の下で逃がしていたと殺し屋は驚いた。

 月明かりの中で微かに見えたその兵士はあまりにも小柄でひ弱に思えた。

 だがこれまでその小柄な兵士にほぼすべて主導権を握られていた。

 もたついている余裕はなかった。

 近衛兵が駆けつけ騎士が現れたら逃げ場を完全に(ふさ)がれる。

 一瞬に背を向け暗殺者(アサシン)が寝室の出入り口から駆け出そうとしたその先の床に石が砕ける派手な音と共に微かに見えたのは床に斜めに刺さり激しく揺れるパイクだった。

 暗殺者(アサシン)はそれを一撃で蹴り折り、居間を駆け抜け扉を乱暴に引き開き廊下へと逃げて行った。



 寝室のランプに火を灯すとイルミ王女が驚いた。

 アイリの着る肌着の脇腹に血が広がり染まり始めていた。

「アイリ! あなた怪我を!」

「イルミ、城門を閉じ城壁の警備を厳重にさせて──」

「それよりも手当てをしないと」

「逃げた暗殺者(アサシン)はパイクを蹴り折ったんだ。どちらかの肩と向こう()ねに怪我をしてる奴が暗殺者(アサシン)だ──」




 そこまで告げアイリ・ライハラは片膝(かたひざ)を床について脇腹を手で押さえ込んだ。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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