第26話 死の足音
文字数 1,391文字
2口の長剣をつかみ上げた瞬間、背に怖気が這い上がった。
アイリ・ライハラは眼を游がせ腕を下ろし違和感の元を探った。
剣のハンドルを握る手のひらの方から甲に向け紫紺の混じった黒い変色が皮膚に広がりつつある────。
何なの!?
その色合いに見覚えがあった。死人が腐敗してゆく時にだんだんとそんな色合いになってゆく。
腐っておしまい────そうアイリ・ライハラはなにものかに囁かれた気がした。
あれほど向かって来なかった黒い騎士が刃口を荷馬車に立つイルミ・ランタサルへ向け悠々と足を繰りだして、感づいた王女は燻製鰊を投げつけ始めた。
いけない! 止めないと!
もたもたしてると大変なことになる。そうアイリは思った矢先に気づいてしまった。
これはきっと呪いを掛けられたんだ!
思いあたるのは両手で構えた2口の剣。2人の死者──マカイのシーデの剣だった。
少女は咄嗟に剣を投げ捨てようとして指を開いて手を振り下ろした。
指を開けない! 剣が手のひらにくっついて離れない!
「なんだぁこりゃ!?」
どうしても開こうとした指が動かず腕を振り回したが釘で打ちつけたみたくしっかりと剣がくっついている。
それでも少女は黒の騎士と王女の間に入ろうと駆け出した。
アイリに先んじて黒の騎士は10歩も荷馬車へ近づいていた。
少女が黒い騎士と王女の間に駆け込みかかった刹那顔に何かが張りついた。そのあまりにもの臭いにアイリは走りながら目眩に足をもつれさせそうになった。
燻製鰊!
イルミ王女が投げ損ねるにしてはまだ少女は黒の騎士の前に入っていなかった。
「へたくそ!」
アイリは王女へ怒鳴り両手に握る剣を放り出せず顔に張りついた燻製鰊をなんとか剥がそうと頭振ってみた。少女は顔がゆっくりとしか動かずその強烈な匂いの元が僅かにずれただけで黒の騎士と王女の間に駆け込み騎士へ振り返った。
一閃、黒い騎士が数歩素早く進み出て1度後ろに引き回した大剣を真上から凄まじい勢いで振り下ろしてきた。
アイリ・ライハラは咄嗟に頭上で2口の剣の刃を交差させその谷で黒い騎士の大剣を受け止めた。爆轟が響き2人を中心に砂塵の波が一気に四方へ広がった。大剣──そのあまりにもの重さに少女は両膝を地に落とした。
だが死者の長剣は砕けず堪えきった。
いける!
そう少女は思ったが手の皮膚の変色は止まるところを知らず手首を通り越し肘に迫っていた。
心なしか指や手のひらの感覚が鈍くなっているような気がした。
時間勝負だとアイリは思った。黒化が足に回ったら──いや、胸に広がったら心臓がどうにかなる気がしてならない。
少女は剣を持ち上げたまま黒の騎士の広げた両足の間へ滑り込み後ろに逃げ剣を引っ張り込んだ。その抜き際に黒の騎士の内股に刃を擦りつけ一気の引っ張った。
黒の騎士の足元へ火花が広がり甲高い音が周囲に響いた。
同時にアイリは両手の長剣を左へ振り切るとその2本の刃に見もせずに黒の騎士が片腕で振り回した大剣が激突し、少女は両の膝と爪先で大きく横滑りしたが跳ね起き振り向いた。
やっぱりそうだ!
また黒の騎士は見もせずに首を狙ってきた。
この騎士の剣は敵に勝手に向かうんだ!
そこにチャンスがあるような気がした。
黒の騎士が振り向いた先でアイリ・ライハラが両手を振り回し長剣で2つの円を描いて吐き捨てた。
「セブンティーン・ステップ!」
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