第5話 苦渋

文字数 1,957文字


「騎士団長殿! ここでこの魔女の首を()ねるべきです!」

 6人の騎士が詰め寄り声をそろえてアイリ・ライハラに嘆願(たんがん)し始めた。

 ヒルダが投げた大石が魔女ミルヤミ・キルシの顔に命中し卒倒した魔女をアイリ・ライハラは気がつく前に捕縛(ほばく)し、魔法も使えぬようにきつく猿ぐつわも咬ませた。

 アイリは首を()ねるのを躊躇(ちゅうちょ)していた。たとえ相手が本当の年齢はとんでもない老婆であれ少女の姿した魔女の首を切り落としたら、数年は夢でうなされそうな気がしてならない。

 アイリはキルシをデアチ国に連れ帰り全教区統括異端審問司祭のヘッレヴィ・キュトラに公平な魔女裁判をさせ、その結果が死罪となるなら溺死でも火炙(ひあぶ)りでもギロチンでもやればいいと考えていた。処刑は顔隠した処刑人がするものだ。

 討伐(とうばつ)の名を借りたリンチは願い下げだ。

 だが騎士らの申し出もアイリはわからぬわけではなかった。

 デアチ国から出た討伐隊(とうばつたい)アイリを含め41騎で健常者として残れたのは8名。重軽傷者11名。半数以上の22名が殉死(じゅんし)して残された騎士らの怒りも理解できアイリの胸中を複雑にした。

 アイリは騎士らから顔を()らし(みな)から離れた岩影にいる剣竜騎士団の元騎士団長のマティアス・サンカラと女大将ヒルダ・ヌルメラに視線を向けた。

 マティアスは相変わらずちょっとした()があれば横になり眼を閉じている。ヒルダは何か言いたそうな顔をしているが、イルブイ国の総大将ということもあり元々討伐隊(とうばつたい)の一員ではなかったので口を差し控えている。

 アイリが(しば)られ転がされているキルシへと眼を向けると気を取り戻し成り行きを耳にしている少女が黒い瞳で(にら)み返してきた。

 首を()ねられる瀬戸際でさえミルヤミ・キルシは毅然(きぜん)として命を懇願(こんがん)する態度は微塵(みじん)にも感じられなかった。

 騎士らを心変わりさせるためにキルシに弁明させてやりたかったが、猿ぐつわを取ると途端にとんでもない魔法を詠唱(えいしょう)しそうでそれもできない。


 いきなりアイリ・ライハラは長剣(ロングソード)を引き抜き騎士らに振り向いた。


 男らは眼をギラつかせ騎士団長の言葉を待った。

「十字軍総大将の名において討伐隊(とうばつたい)騎士ら諸君に命ずる────」

 言うべきことは決まっていた。少女の細首()ねるのは意図もたやすい。


「魔女ミルヤミ・キルシをデアチ国に無事護送し教会の元全教区統括異端審問司祭により魔女裁判にかける。異存を唱えるものはこの場で(われ)アイリ・ライハラが斬り捨てる!」


 言い切り騎士らを(あお)い三白眼で(にら)みすえ本気だぞとアイリは威圧した。6人の騎士らは落胆の入り混じった複雑な表情になった。(ソード)の腕で騎士団長に勝てなければ魔女の首を落とせなかった。万が一にもアイリ・ライハラに鍔迫(つばぜ)り合いで勝てる見込みなど皆無だと騎士らはわかっていた。だが騎士らの怒りを静めるために歳嵩(としかさ)の騎士オイヴァ・ティッカネンが帯刀のハンドルに手をかけ前へ進み出た。

「騎士団長殿、(みな)が退けぬ思いを代表し(わたくし)ティッカネンがお相手つかまつります。いざ尋常に」

 淡々と口上を告げ歳嵩(としかさ)の騎士が長剣(ロングソード)を引き抜き両手で構え刃口(きっさき)をアイリ・ライハラへと向けた。

 おいおい向かって来るなよ! ブラフで(ソード)を落としたりして丸く収めてくれるんだろうなぁとアイリはすまし顔で内心ハラハラしていた。

「容赦せぬぞオイヴァ」

 アイリが警告した寸秒いきなり叫聲(おらびごえ)を張り上げオイヴァ・ティッカネンが(ブレード)頭上にかかげ踏み込んできた。

 アイリは素早く前へ2歩踏み出し凄まじい勢いで1度(ソード)を振り下ろし刃口(ポイント)を回転させるように跳ね上げた。

 迫った2人の中間で(ブレード)が激突し火花が飛び散りオイヴァの(ソード)が打ち負け跳ね戻され、歳嵩(としかさ)の騎士は鉄靴(サバトン)を交差させ(ソード)を引き寄せたまま身体を急激に右へ回し横様に(ブレード)をアイリ・ライハラへと振り向けた。

 その(ソード)を両腕で逆さまにした長剣(ロングソード)(ブレード)で受け止めアイリ・ライハラは反動で刃口(ポイント)を横へ回転させ振り上げ(たた)きおろしオイヴァ・ティッカネンの金属を編み込んでできた(スカル)の下から肩を覆うカマイユの首横の部分へ当て寸止めした。

「まいりました騎士団長殿」

 オイヴァがそう宣言しアイリと歳嵩(としかさ)の騎士双方は(ソード)(スキャバード)に戻した。

 アイリは騎士らに背を向け転がされた魔女ミルヤミ・キルシのところまで行くと(しば)られたか細い少女を軽々と担ぎ上げ1頭だけ残った馬の(くら)に横様にうつ伏せに乗せ落ちないように(くら)(なわ)で縛りつけた。

 手綱(たづな)を引き歩き始めたアイリ・ライハラは半身振り向き(みな)へ命じた。

「帰るぞ!」

 重傷者にそれぞれが肩を貸し歩き出した騎士らを見やりアイリ・ライハラは内心胸をなで下ろした。

 横へ駆け足で追いついてきた女大将ヒルダがアイリに小声で尋ねた。

「アイリ殿、(みな)退()かなかったらどうするつもりだったんですか?」



()ったさ」



 ヒルダ・ヌルメラから顔を()らしたアイリは不愉快そうにそう(つぶや)き視線を落とした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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