第16話 天空の宝倶(ほうぐ)

文字数 1,933文字

わたし(・・・)を引き裂くなど────おまえ(ごと)きにはできない」

 そう少女が言い捨てた寸秒、暗闇覆(くらやみおお)う谷のわずかな平地や斜面を照らしだした強烈な(あお)がアイリ・ライハラの元へ引いた。

 それでもアイリの風に踊る髪は暗闇に(ほの)かな青い色合いで(きら)めき続けている。

 その耀(かがや)き続ける光が命の強靭さを主張しているようで────反吐(へど)が込み上げてくる。

 それだけではない。

 復活────目の当たりに死者が生還したことで魔女ミルヤミ・キルシはぎりぎりと歯ぎしりし群青の少女を(にら)み返していた。

 こ(やつ)を何度も殺そうとして成し得ず。崖から落ちてきて(みずか)ら死んだのだと小躍りしたのが無駄になった。

 1度は乖離(かいり)の古代魔法で守護の盟約を引き裂くことに成功したのだ。

 小娘がどんな(ちぎ)り交わしていようとも、それを完全に無効化できたのだ。

 それをどうして天空の(ソード)は舞い戻ってくる!?

 キルシは地面に両手着いて握りしめる尖った石を投げつけて天上人(てんじょうびと)が光臨したように耀(かがや)き続ける小娘が死ぬのなら幾らでも腕を振るうのだがと考え、それを投げ捨てた。

 アイリ・ライハラは1度死にながら、黄泉(よみ)から人を連れ帰り共々復活したという(うわさ)耳にしたことがあった。誰を復活させたのか、本人が本当に黄泉帰(よみがえ)りを果たしたのか、事は噂だけに信憑性がないとキルシは忘れていた。

 だがついさっき、息の根を止めた小娘の(むくろ)に飛び跳ねたのは間違いなかった。


 なぜお前は天の恩恵を受け続ける!?


 魂を売り渡す形で不死に近い身となった(われ)とのあまりにもの差にキルシは目眩(めまい)に襲われそうだと尖った石を握りしめ手の中の痛みに正気を保ち続けようとした。





 アイリ・ライハラは魔女のことなど今はどうでもよいという風に視線()らすと、一緒に落ちてきて幸運にも死ななかった(うめ)き声漏らす蛮族の女剣士の元に行き(かたわ)らに両膝(りょうひざ)を着いてその重い大きな身体を仰向けに返し(ほほ)に片手を当て(ささや)いた。

「ヒルダ────しっかりしろ。今、楽にしてやる」

 語りかけられた声に覚えがあり薄目開けたヒルダ・ヌルメラは力なく笑顔浮かべ喜びを口にした。

「よかった────よかったでござる──アイリ殿がご無事で────」

 アイリは微笑んでヒルダを(はげ)ました。

「ああ、俺は元気だ。怪我1つない。これは俺の裁量だ」

 そう告げアイリ・ライハラは女剣士の胸の革鎧(ブレスト・プレート)の上に手のひらを乗せ青い瞳を半眼にした。

 その刹那(せつな)、手のひらから広がった(あわ)い青の耀(かがや)きがヒルダ・ヌルメラの身体を覆うと女剣士は眼を丸く見開いて驚き顔になった。

「アイリ──殿────痛みが──引き裂かれそうなほどの痛みが────────」

 蛮族の総大将は折れていたはずの右腕を上げアイリが胸に乗せる右腕をつかんで驚きを口にした。

「な、何を成されたのですか!? 肋骨(ろっこつ)や手足の折れの痛みが────まったく感じられ────」

 手のひらを盟友の胸から下ろしたアイリは彼女に告げた。

「なら──起きても大丈夫だなヒルダ」

 先に立ち上がったアイリ・ライハラは暗闇の先で息を殺している魔女へ顔を巡らし地面に後手を着いて上半身を起こした女剣士に命じた。

「ヒルダ、手を貸せ。これから大陸級の魔女を締め上げる」

 地面に座り込んだヒルダ・ヌルメラはアイリ・ライハラが素手だとばかりに慌てて(おのれ)半月刀(シャムシール)を背の(スキャバード)から引き抜き(ブレード)を摘まむとハンドルを師へさしだした。

「これをお使い下されアイリ殿」

 アイリはその半月刀(シャムシール)(つか)み手をそろえた指の背で押し返した。

「いや、今は必要ない。これがあるから────」

 ヒルダ見上げるそう言い切ったアイリ・ライハラが片唇を上げると群青の髪から(あお)(かがや)きが旋風のように少女の爪先まで駆け下り首からチェインメイルの表面を(あお)甲冑(アーマー)が形を成し次々に繋がり帯刀する長剣(ロングソード)鉄靴(サバトン)籠手(ガントレット)まで組み上がった。

 それを目の当たりにした蛮族の女総大将は眼を丸くして(あご)を落とした。

 覚えのない見事な甲冑(アーマー)だった。絶えず表面に(ほの)かな様々な青い光が流れ移り変わる。その材質がアダマンタイトかオリハルコンなのかとヒルダは考え見つめる先で(よろい)に溶け込むような髪を(なび)かせる少女が面白そうに教えた。

天上人(てんじょうびと)宝倶(ほうぐ)だよヒルダ。天使が(いくさ)に使うやつ。イカすだろ?」

 そう言った一閃(いっせん)、アイリ・ライハラの甲冑(アーマー)が直視できぬほどの群青の光り放ちヒルダ・ヌルメラはあまりにも(まぶ)しすぎて両の瞳を腕で(かば)った。









「うぬぬぬ────小娘め──────」

 髪のみならず甲冑(アーマー)までも。

 まるで絶対的な天上人(てんじょうびと)との結びつきを誇示(こじ)するかのような仇敵(きゅうてき)眩惑(げんわく)に頭包帯巻く黒爪の少女は腹を決めた。

 その昼間のような明るさに薄目でも直視できず顔を下ろし言い知れぬ危機感を抱くアーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシは(はえ)の王と取り交わした最大の契約を紐解(ひもと)くための詠唱(チャンティング)を始めた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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