第25話 赤と青の剣
文字数 1,915文字
偶然に眼にしたのではない。
あの死地に追いやった双子の奴らと同じものを感じたんだ。
アイリ・ライハラが振り向くと横の大門から苦しみその場を動かぬ兵や騎士らの間をかき分けそいつが現れた。
最初に少女は影が歩いてると思った。
ライモ近衛兵長よりも頭1つ、2つ上背がある。
あれで人間なの!?
鍛冶職人の父の仕事を手伝っていたからその色に見覚えがあった。まれに鎧の注文を受けた事がある──たぶん磁鉄鉱──光沢を持つ漆黒の甲冑を身に纏う騎士。
夢中で燻製鰊を投げているイルミ・ランタサルをよそにアイリは荷馬車から飛び下りた。
呼ばれている──そう少女は感じた。
悪臭むせる闘技場へ入ってきて乱れることなくイルミ王女立つ荷馬車へと悠々向かってくる。
くそう、この強烈な匂いを嗅いでも何ともねぇのかよ。
卒倒した騎士や兵を避けながらアイリは数回長剣を振り切り刃に着いた匂いを落とした。
それに応じるようにその黒い騎士が腰に下げた大剣を引き抜いた。
刹那、その騎士が歪んで見え少女は歩きながら眼を瞬いた。
あの得物、普通の剣じゃねぇ。
いきなりアイリは本気モードに自分を追い込んだ。
「サーティーン・ステップ!」
宣言した一瞬、身体駆け巡る血が狂おしいぐらい跳ね上がった。
曳き延びた残像を僅かに置き去りにし轟速でそのものへアイリ・ライハラが駆けた直後、黒い騎士が振り向けた大剣の前で青と赤の光の粉が飛び散り爆轟を響かせ横へ馬20頭分もの離れた場所に少女が土煙を巻き上げ足を滑らせ立ち止まった。
まぐれ当たりか!? 刃合わせてきた黒い騎士の反応──雷撃の爆速に間合い取れるはずがなかった。
少女は振り向き軽くステップを繰り出し青髪を跳ね上げまた雷速で突き進んだ。
またしても爆轟を響かせ黒い騎士が振り向けた大剣の前に青と赤の光の粉が飛び散り黒い騎士から馬数十頭分も離れた背後にアイリが土煙と共に滑り止まった。
野郎、あの大きな剣で軽々と余裕で合わせていやがる!?
サーティーン・ステップだぞ! 地下迷宮のどんな魔物にも遅れ取らない速さなのに!?
苦笑いを浮かべた少女は振り返り軽く足を繰り出し一気に加速し剣の刃から多量のヴェイパーを引き連れ空気を引き裂いた。
今度は連続の衝撃音が響き騎士の3方で青と赤の光の粉が飛び散り4つ目の轟音直後騎士から遠く離れた場所に派手に砂塵を広げアイリが転がった。
「いてててぇ──合わせるのが速くなってやがる────」
剣先を地面について立ち上がる少女は自分からは突っ込んで来ない黒い騎士を睨み据え痺れる手で長剣のハンドルを握り直した。
まだあいつは突っ立ってるだけだけど、動き回られたらちょっと厄介だな。それにあの大剣と刃ぶつけると重量で押し切られそうだ。速さと重さが両立するなんて。
3度足を繰り出し一気に加速した少女は黒い騎士の目前でいきなり真横へ向きを変え一瞬で相手の背後に回り込み斬りつけた。
あろう事か黒い騎士は大剣握る腕だけを背後に振り向けアイリの振り下ろす剣を受け止め赤と青の光の粉を撒き散らしその大剣を一瞬で切り返し兜の死角にいる見えていない少女を斬りつけた。
その赤い刃を長剣で受け止めた一閃、アイリの握る得物が中間から砕け彼女は跳ね飛ばされた。
元老院長サルコマーがいる高見座の真下、穴の開いた内壁の際に十数人の兵を弾き飛ばしアイリは押し固められた煉瓦壁に激突し地面に落ちた。
砂敷についた手で握る折れた剣を見つめ少女は呟いた。
「所詮は鞘を裏返した剣──簡単に折れちまいやがった────だけど今度は見たぞ──くそう────あの大剣赤く光ってやがった。あれは普通の鍛造じゃねぇ! ありゃあ魔剣だぁ」
アイリはそばに汚物だらけで白目むいている騎士の長剣をつかんで立ち上がり片手で横に大振りしてみた。
たかだか空を斬った1度でその剣は付け根から折れ飛び少女は眼を丸くした。
「あっ! やべぇ! やっぱ、親父の打った剣じゃねぇと使いもんになんねぇ」
だが肝心の自分の剣は内壁の穴開けた場所に刺さっていて穴の瓦礫と共に弾き飛ばされた。アイリは穴を覗き込んでみたが多量の煉瓦ばかりでどこに落ちているか見つからない事に青ざめた。
どうするかとうろたえた少女はふと閃いた。
「使えるかも!?」
吐き捨てアイリはイルミ王女が立つ荷馬車の後ろに並ぶもう1つの荷馬車後部に繋いだ急拵えの台車へと走った。
そうして双子姉妹を積んできた台車を覗き込んで両手を伸ばした。
あの姉妹の呪いの叫聲に砕けなかったんだ。使えるかもしれない。
アイリ・ライハラは両手で装飾施された2口の死者の剣をつかみ振り上げた寸秒呪われてしまった。
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