第17話 先に立たず

文字数 1,644文字


「ボ、ボスを倒してどうするんだぁ」

 扉を押し開き(のぞ)き込んだヘルカ・ホスティラが(おどろ)いた直後、背を向けたアイリ・ライハラに問いただした。

「あぁぁっ────!」

 少女は青ざめて長剣(ロングソード)を落とししゃがみ込むと頭を抱え込んだ。

 そうだ交渉に来たんで、倒しに来たわけではなかった。こいつの下に何匹いるかわからない狼族(ライカン)に命令する奴がわからなくなった!

「うぅ勢いで────倒してしまった」

「あ──ぁやっちまったか」

 そう年上の女に言われアイリは腹立たしくなった。

「で、この大狼は他に何匹いるんだ、アイリ!?」

 頭を押さえた少女は(かぶり)振った。

「わからん────」

「お前、どうするんだ!? この建物内にいるすべての奴が狼人間だったら全部倒すのに骨が折れるぞ」

 う、ぅ、この年増(としま)はなんでこんなにねちねちと指摘するんだぁ────。

 そうだ! この統括官(とうかつかん)の首を切り落として剣に突き刺して脅して回るのはどうだぁ。

 鼻の長い犬顔が前後に()れ落ちた狼女の頭部を見て(ブレード)に上手く刺さるか不安が膨れ上がる。こんなことなら首を()り落とすんだったとアイリは(うな)り声を漏らした。

「仕方ない。騒ぎが大きくなる前に黙って帰るか」

 そうヘルカに言われアイリの気持ちが大きく揺らいだ。

 帰るぐらいなら砂漠渡ってこんなに遠くにまで来たりしない。

「いや、こいつの手下らの侵攻を思いとどめさせなきゃ」

「何匹いるかわからん連中に大声で言って回るのかぁ」

 だ、か、らぁ! しまったと後悔してるじゃないか!

「貴君は(われ)にこんな獣の死骸を運ばせる手伝いをさせるのか? あっちこっちに連れ歩くと服が血でベトベトになりそうだぁ」

 アイリはさらに青ざめて、要するに投げだして手伝わない気なんだろうと女騎士の薄情さを呪った。

「あぁもういい!」

 言い捨てアイリ・ライハラは(ソード)を拾い上げ立ち上がった。

「あ! 開き直りやがった」

()統括官(とうかつかん)を探しにいく!」

 振り向いた少女を女騎士はじ────っと見つめた。

「ええ、そうですよ! いるか、いないか、わかんないこいつの一つ下の魔物をこれから探すんです!」

 アイリは下唇を突きだして言い張った。


「で、また勢い余って倒すのかぁ?」


「この次は倒さない! 言いくるめます!」

「それじゃあ貴君は喰われるぞ」

 アイリは眼を座らせ女騎士を(にら)んだ。じゃあどうしろと言うんだぁ!

 ヘルカ・ホスティラは腕組みして思案顔になった。それを眼にしてどうせこいつはろくでもないことを言い出すんだとアイリは(うら)めしげな面もちになった。

「いったん退()いて、陣頭指揮とるやつを吊し上げよう」

 ヘルカさまぁ! アイリは救われた面もちになると(ソード)を振り抜いて(ブレード)血糊(ちのり)飛ばし(スキャバード)に戻すと得物(えもの)に巻いてきた布をつかみ上げた。

 廊下に出た2人は騒ぎになってないか見回しながら階段の方へと歩きだしアイリはふと気になったことを年上の女騎士に(たず)ねた。

「連合という集まりなら、あっちこっちに統括官(とうかつかん)みたいな奴がいるのかな?」

「いや、それはなかろう。組織はピラミッド型の指揮系統を組むからな。魔界でもそれは変わらんだろう。魔王の下に四天皇みたいなのがいて配下の軍団がいる。うちのトップは教皇(きょうこう)様がいてイルミ・ランタサル王妃(おうひ)が統治し、その下に貴君がいて騎士団がある」

 さすが年の功だとアイリは感心するとヘルカは思いつくままに口にした。

「だが狼族はどうなのだろう? 狼ならボスが1頭いて徒党を組む。ボスがいなくなって初めて2頭目が頭角を現すなら狼族(ライカン)共も同じかもしれない。まだ副統括官(とうかつかん)はいないかもしれない」

「でも統括官(とうかつかん)を倒したからすぐに代わりが出て女ボスを倒したものを捜し始めるんだろ」

「ああ、その指揮を取るものが新しいボスだ」

 2階を下りて1階に足を下ろすと、来たときと同じように忙しげに事務処理をする役場みたいな風景が見えてきた。

 狼が街の狼らを支配するために事務処理に追われるなんて──アイリがこれまでに知った魔物にはいなかった。


 まるで人の社会を真似ていると思いながらアイリは女騎士と庁舎を後にした。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み