第5話 外道(げどう)

文字数 1,911文字

 北東のイウネ族の地まで大きな街はなく、北に登るにつれ村々は小さくなる。

 3日目に部屋を借りた村で、夜更け油ランプの炎揺れる(そば)アイリ・ライハラは(あば)ら屋の外に立ち交代の2番目の歩哨(ほしょう)についた。

 北に(さかのぼ)るにつれ銀盤の魔女の伝承は確実に増えていった。

 伝えるのは年寄りばかりでなく若いものもいる。

 そのどれもが曖昧で重なる部分は少なかった。

 警戒して構えすぎなのだろうか。

 気遣うように音を立てずに扉開きノッチが出てきた。それに気づいたのは闇に広がる青の明かりが増したからだった。

「眠れよアイリ、代わろう」

「いいよ、どのみち気が張って寝られそうにないから」

「お前は、村を訪ね重ねるほどに浮かぬ表情になっている」

 アイリはため息をついて思った。

 隠し事は抜きだ。

「どの村でも、らしい(・・・)という銀盤の魔女の(うわさ)は耳にしている。だけど本当に眼にした奴はまだ1人もいない。眼にした奴を根絶やしにするのは(あなが)ち誤りじゃないんだろう。心の天秤(てんびん)は出会う前から傾ききっているんだ」

「お前はミルヤミ・キルシのことを気に病んでいるんだな」


 ああ、そうだ。あの血をわけた身を一瞬心配して見せた表情が忘れられない。


 私に助けてあげてと懇願(こんがん)していた。大陸1()み嫌われた女がプライドを捨て見せた心根だった。

「ノッチ、断頭台のあれからずっと悩んでいるんだ。討伐(とうばつ)隊として派兵されながら間違ったことをしたんじゃないかと」

「それはお前の優しさだ。だが時に情を差し(はさ)まず厳しく物事に相対(あいたい)する姿勢が人という集まりの規律に必要になる。どうしてイルミ・ランタサルは魔女を捕らえて来るように命じたと思うか、アイリ?」

「それはミルヤミ・キルシが人の命奪い害悪を押しつけていたからだ」

 ノッチが軽く(かぶり)振ってアイリは眼を丸くした。

「違う。あの小賢(こざか)しい人の玉座に座るものは、お前に逃げ道を与えたんだ。お前が(みずか)ら魔女を狩り立て傷つくのを避けたのだよ。いずれ正面からぶつかり合うと見抜いていたのさ」

 少女は眉根を寄せた。

 ノッチの言うとおりならイルミはミルヤミ・キルシの本性も見抜いていたことになる。命狙われながら悪意以外の人の(あわ)れみに気づきつつも、討伐(とうばつ)を命じたのは私が(みずか)ら動いて傷つくのを恐れたからに他ならない。

「くるんくるんがミルヤミ・キルシの姉に限って止めに入らないのはつかみきれていないからかな」

 歳もわからぬ連れ合いにアイリは(たず)ねた。

「止めに入っていたじゃないか」

 アイリはわからず(ほう)けた顔でノッチを見つめた。


(ソード)が利かぬとか、目撃者をすべて(ほふ)り去るとか、散々お前を脅していただろ」


 行くなとどうして言わないんだぁ!?

 めんどくせぇ────女だぁ、とアイリは顔をしかめた。

 しかも自分が止めようとしたその危険な旅に加わるなんて────アイリ・ライハラは肩を落としため息を()らした。

 別段、ノッチとの会話に周囲への警戒を緩めていたわけではなかった。



 剣竜騎士団(アイリ)長は、小屋の中で異変が起きかかっていることをまったく気づいていなかった。





 酷い夢を見ていた。

 女騎士ヘルカ・ホスティラはノーブル国で次々に男の騎士らに言い寄られ、貞操(ていそう)の危機だと逃げ回っていた。

 顔を合わせた男らが自分こそ最高の伴侶(はんりょ)だと距離を詰めてくる。

 悪い気はしないが、男らの口にする口説き文句が(みな)同じだと3人目になって気づいた。


「おお、(いと)しのヘルカ・ホスティラよ。この世の最高の(はな)よ────君こそ(われ)(そば)で最高に耀(かがや)く」


 なんでどいつもこいつも同じことを口にする!? まるで示し合わせた嫌がらせのようだとヘルカは息を切らしディルシアクト城内を逃げ回っていた。

 以前に誰にも愛されないと思ったことが裏目にでたのかと女騎士は顔を寄せる数人の男騎士の(あご)にパンチ打ち込み卒倒させ逃げた。

 目立つ赤色の甲冑(アーマー)着てるせいだとヘルカは自室に駆け戻り普段通りの男らしい服装に着替えた。

 ドアを開くと部屋の前に甲冑(アーマー)からドレスに着替えた男らが待ち構えていて青ざめてヘルカ・ホスティラはドアを閉じて(かんぬき)を掛けドレッサーを強引に押して出入り口を塞いだ。

 冷や汗をびっしりと顔に吹き出させた女騎士がソファの上で跳び起きると、まず叫びはしなかっただろうかと荒い息を沈め、ベッドで寝る王妃(おうひ)を起こしてしまわなかったかと視線を振って顔を強ばらせた。



 イルミ・ランタサルのドレスを掛けた衣装掛けの衝立(ついたて)から白銀の髪をした女がベッドへと両腕を振り上げ指から伸ばした8枚の細身の刃物(ブレード)で襲いかかろうとしていた。



 ソファから跳び下りたヘルカ・ホスティラは長剣(ロングソード)を引き抜き叫んだ。

「敵襲だ!!!」

 衝立(ついたて)目指し踏みだした女騎士の背後に白銀の髪の女が立っており片腕の刃物(ブレード)を振り下ろした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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