第15話 種族の長(おさ)
文字数 1,669文字
縦長になった赤い虹彩が異様だった。
「剣 を振りかざせば言いなりになるのはお前の世界だけにしておけ」
こ、こいつ魔物なのか!? そうアイリは息を呑んで思った。
統括官 のこいつ一体だけではないだろう。この庁舎、この街、この連中──皆 が魔物だったら大変なことだ。イモルキやノーブルは一気に攻め落とされる!
「ほう?勘 が鋭いな。目を見ただけでその反応か」
こいつ、目だけを変貌 させて探りを入れてきたんだと少女はふと理解した。
剣 のハンドルを握りしめアイリ・ライハラは一歩でも人の成りをしたこの魔物がデスクを乗り越えてくるようなら一刀両断にするつもりだった。
寸秒、少女は油断していたことに気づいて出入り口から跳び退 いた。視野の片隅 に見えたのは衣服を張り裂いて筋肉質で硬毛を生やした胸を顕 わにした獣 ──スカートを破りそうなほど太い二本脚を開いて鉤爪 を床に食い込ませ立つそれ がドアを叩きつけるように閉じた。
犬────いや熊のような顔だとアイリは眼を丸くした。
牙並ぶ大口を開いてさっきまで秘書に成りすましていたもの が激変し襲いかかろうとしていた。
それなのに机の反対側にいる統括官 の方が抜き差しならぬ威圧を放っていることにアイリ・ライハラは長剣 を引き抜いた。
迷宮にはいなかった種類の魔物──幼少のころから出合った多種多様の怪物らを思い浮かべ狼族 という言葉に思いいたった。
踏み込んでくるその猛獣の眼前に光りの如 き刃 を踊らせ退 くきっかけも与えずに顎 から双眼へ一太刀 浴びせる。
大きな音を響かせその狼女が前のめりに両膝 を落とした。
勝ちなんかではなかった。
机向こうに立つ統括官 は先よりも激しい威圧を放ちまだ人の姿を保っていた。その殺気に経験のないほどの怖気 を感じてアイリ・ライハラは長剣 を身構えた。
こいつ、サタン並みの殺気で押してくる!
少女は女騎士を廊下に残してきて良かったと一瞬思った。この狭い部屋では怪物の爪や牙から逃れる2人分のスペースどころか1人でも逃れきる自信がなかった。
すぐに魔物化した手下に比べ統括官 はその余裕を自負していると言わんがばかりに豹変させた瞳で睨みつけるだけで手を出してこない。その出方にアイリ・ライハラはかつてない用心をした。
銀眼の魔女は青髪の少女に最大級の用心をすべきだと警告していた。
狼族 になって170年、種族を統括し力の研鑽を惜しまずに戦闘力を身につけてきた。人に押し切られ負けが見えたことなど一度もなかった。
突如 現れた異色の髪をした小娘は手下の狼女を凄まじい太刀捌 きで両断した。だがその速さは決して目に追いつかぬ速さではなかった。
なるほど人にしては速い部類なのだろう。
だが所詮 狼族 の頂点に上り詰めたこの我 にかなうはずがなかった。
それが間違いでない証拠に殺気一つに気圧 されて小娘は身を強 ばらせ攻めてはこない。
このまま爪で引き裂くもよし、噛みついて丸呑みにするも自在だった。
喰い殺すことを意識していたら口の中に涎 が溢 れかえってきた。
この青髪は速さに自信を持って渡り歩いてきたのだろう。
好きに挑ませておいて、一咬みにしてやろう。その腕を咬みとらえて砕き、唖然とするその小さな顔を覗き込みながら死を宣告してやろう。
さあ、どうするよ!
どんなに速かろうとも一撃で仕留めそこなうと、爪か牙の洗礼が待っている。いいや、この狭い一室で動ける範囲が限られどのような手を打とうとも追い込まれることが意識から離れない。
ただ一つの扉を開き逃げるチャンスはあるのだろうか。
ドアノブに手をかけた背後からざっくりと鋭い爪で切り刻まれるのが見えていた。
先手を取って斬 りかかった刃 が爪や牙で弾かれたら終わりだ。
素早く回り込んで側面や背後を取ろうとしても向きを軽々と変えるだけだろう。
こんな強いやつがまだいたんだとアイリは思った。
速さも強靭さも抜きん出ている。消耗戦に出ても簡単に決着がついてしまう。
倒れた振りをして隙 を突こうにもその一撃が致命傷になるのがわかりきった。
どうする!? どうするのわたし!?
「
こ、こいつ魔物なのか!? そうアイリは息を呑んで思った。
「ほう?
こいつ、目だけを
寸秒、少女は油断していたことに気づいて出入り口から跳び
犬────いや熊のような顔だとアイリは眼を丸くした。
牙並ぶ大口を開いてさっきまで秘書に成りすましていた
それなのに机の反対側にいる
迷宮にはいなかった種類の魔物──幼少のころから出合った多種多様の怪物らを思い浮かべ
踏み込んでくるその猛獣の眼前に光りの
大きな音を響かせその狼女が前のめりに
勝ちなんかではなかった。
机向こうに立つ
こいつ、サタン並みの殺気で押してくる!
少女は女騎士を廊下に残してきて良かったと一瞬思った。この狭い部屋では怪物の爪や牙から逃れる2人分のスペースどころか1人でも逃れきる自信がなかった。
すぐに魔物化した手下に比べ
銀眼の魔女は青髪の少女に最大級の用心をすべきだと警告していた。
なるほど人にしては速い部類なのだろう。
だが
それが間違いでない証拠に殺気一つに
このまま爪で引き裂くもよし、噛みついて丸呑みにするも自在だった。
喰い殺すことを意識していたら口の中に
この青髪は速さに自信を持って渡り歩いてきたのだろう。
好きに挑ませておいて、一咬みにしてやろう。その腕を咬みとらえて砕き、唖然とするその小さな顔を覗き込みながら死を宣告してやろう。
さあ、どうするよ!
どんなに速かろうとも一撃で仕留めそこなうと、爪か牙の洗礼が待っている。いいや、この狭い一室で動ける範囲が限られどのような手を打とうとも追い込まれることが意識から離れない。
ただ一つの扉を開き逃げるチャンスはあるのだろうか。
ドアノブに手をかけた背後からざっくりと鋭い爪で切り刻まれるのが見えていた。
先手を取って
素早く回り込んで側面や背後を取ろうとしても向きを軽々と変えるだけだろう。
こんな強いやつがまだいたんだとアイリは思った。
速さも強靭さも抜きん出ている。消耗戦に出ても簡単に決着がついてしまう。
倒れた振りをして
どうする!? どうするのわたし!?