第1話 男漁り

文字数 1,863文字

 (やいば)ぶつかり合う金属音が重なり男らの奇声が乱れ聞こえている。長剣(ロングソード)(たて)で弾き返したアイリ・ライハラは振り向いた先で短剣を振り込んでくる男の胸ぐらを蹴り返し悲鳴を上げた。

「ひぃ────っ」

 引きつった叫び声を上げ周りを見回すと自分が静かな寝室にいることに気づいた。

 西の大国イルブイを難なく制圧し(いくさ)から遠ざかっていたアイリは戦場から久しいのになぜ(いくさ)の夢ばかり見るのだと額の汗を(ぬぐ)った。

 北の武国デアチと蛮族で名高い西のイルブイを属国としたノーブル国に手出だしする国は実質なくなった。王妃(おうひ)イルミ・ランタサルにいわせると東のイモルキはご機嫌伺いの使節団を送りよこし、南のイルベ連合も越境しなくなった。

 戦争がなくなり騎士団がのんびりできる時代になっても鍛錬に明け暮れるのは外への用心でなく謀叛(むほん)を警戒しての精進(しょうじん)だった。

 でも正直言って(いくさ)なんてくそ食らえだった。

 遠ざかると心の隅に押さえ込んでいた恐れがこみ上げてくるようになった。

 戦うことが本当は怖いんじゃないか。

 ベッドから下りたアイリ・ライハラは壁に立て掛けている長剣(ロングソード)のハンドルに触れた。


──♦♦♦──


「おう! おはよう」

 肩を(たた)かれ振り向いた騎士団長は参謀長ヘルカ・ホスティラに陽気に応えた。

「なんだアイリ、目の周りに隈を作って。男漁りの夜遊びか」

「ち、ちゃうわい!」

「男に苦労してるなら言えよ」

 食堂で大声で話す様な事かとアイリは朝食を取りにきている他の騎士を気にして小声で女騎士に言い返した。

「ヘルカ──お、お前の騎士道精神、壊れてないか!?」

 アイリ・ライハラの隣に座ったヘルカは陽気な笑い声を上げた。

「あははは、紹介できるのは騎士ぐらいだが」

 アイリはいらないとばかりに右手のひらをひらひら振った。

「だけどヘルカ、ノーブルも静かになったよなぁ」

 静か? 大国として落ち着いているというなら間違いだとヘルカは思った。

「獅子身中の虫と言ってな王家を転覆させようという手合いを警戒しなくては」

 アイリはいらないとばかりにまた右手のひらをひらひら振った。

「大丈夫だよ。王妃(おうひ)に逆らうと恐いって(みんな)知ってるさ」

 それを聞いて女騎士は真顔になるとアイリの耳元に顔を近づけた。

「男だよ。イルミ・ランタサルに言い寄って王位の座を(ねら)ってる奴がいる」


「誰だそいつ!!?」


 上擦った声を上げたアイリの頭を女騎士は力()くで押さえ込んだ。

「聞け。ホンラッド公爵──」

「無理無理。あんな脂ぎったおっさんにイルミが(なび)くはずがない」

「──の第一子息のアフレッド」

 アイリ・ライハラは息を呑んだ。(からす)(たか)を生んだと云われる第一子息は知っていた。知ってるもなにもアイリ・ライハラに言い寄ってる馬鹿息子だった。

 手八丁の馬鹿やろう。寄りによってイルミ・ランタサルにまで手を出してるとは。

「ヘルカ、その馬鹿息子ってイルミに言い寄ってるのか」

「大きな声では言えんが」

 急に大きな声を上げた女騎士の頭をヘッドロックにかけたアイリが警告した。

「馬鹿、声がでかい!」

「最近、(みつ)ぎ物をせっせと献上(けんじょう)してイルミの気を引こうとしてるらしい」

「らしい? ただの噂かぁ」

「いやこの眼で見たんだが、宝石や反物(たんもの)王妃(おうひ)の部屋に積まれている」

 あっ! イルミの部屋に行ったときに布をかけてあったテーブルがあったがあれかぁ、とアイリ・ライハラは思いだした。(みつ)ぎ物を受け入れるって事はイルミもまんざらじゃなくて────そうじゃない。あの脂ぎったおっさんとイルミが親族関係にでもなったら護衛を付けなくてはならなくなる。

 そりゃまずい。あのおっさん嫌いだし。

「ヘルカ、そこらへんの話、詳しく聞こうじゃないか」

 ヘッドロックを外しアイリは女騎士の首に片腕をかけた。


──♦♦♦──


「へっくしょん!」

 今日は朝からくしゃみばかりでる。流行病(はやりやまい)じゃなければとイルミ・ランタサルは思った。

 そういえば最近アイリ・ライハラの活躍を眼にしてない。あの子──といっても19歳になってしまい3歳も年上になった──の元気を見れば流行病(はやりやまい)も怖くはないのに。15に戻そうと賢者や魔法使いまで国中から呼び集めたのに元の可愛い少女に戻せなくてそれが悲しい。

 表立って言えないのが辛い。

 ああ、私の宝石。ラピスラズリの髪をした少女にあれを戻せるならこの命を投げだしてもいい──はおとぎ話ぽい、か。

「イルミ・ランタサル様、お食事の用意ができました」

 侍女(じじょ)ヘリヤに(うなが)され王妃(おうひ)イルミ・ランタサルはため息をついた。

 今日もあの男がやってくる。



 下心丸出しのあのアフレッド・ホンラッドが────。




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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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