第1話 ちょっと違うぞ

文字数 1,753文字

 山麓にできた大穴から駆け上がろう──いや──()い上がろうとする騎士らを見下ろしミルヤミ・キルシは愉快でたまらなかった。

 魔女になりたてのころ多くの民に後ろ指さされ、見返してやろうと残虐の限りをつくしてきたら、いつの間にか裏の魔女と通り名をつけられてしまった。

 (ほとん)ど人と相容(あいい)れず悪魔と魂の契約を結んだせいで数世紀を生き抜いてきた。

 いつ頃からか、民の不満の目を()らすために王族らが首に懸賞金をかけ。それでも捕まらずにいると討伐隊(とうばつたい)を差し向けてくるようになり、それらをことごとく殺してきた。


 大穴の縁に手をかけた騎士の顔に握りしめた石を投げつけ底へ突き落とす。


 手応えのある敵が欲しくて、国と国の(いさか)いに介在し幾つかの王家も滅ぼし復讐心に燃えた屈強な騎士らを血祭にあげた。

 南のノーブル国のウルマス・ランタサル王とイルミ・ランタサル王女抹殺を北の武国デアチ国元老院の長──サロモン・ラリ・サルコマーに頼まれ引き受けて驚いた。


 青髪の少女騎士が送り込んだ狂戦士(ガウレム)を倒してしまったのだ。


 ノーブル国の巨漢の女騎士に手足(しば)られ野に放置され野犬に顔を食い荒らされた挙げ句、青髪の騎士に因縁を感じたのはデアチ国の闘技場(アリーナ)にまで追いかけてきたことだった。


 勢いつけて穴の外へ上半身乗りだした騎士の(スカル)の顔に蹴りを入れて突き落とす。


 青髪に頭蓋骨を(ソード)で刺され記憶を失ったことでこいつが宿敵なのだと意識するようになった。

 稲妻のように動ける人などありえなかった。

 青髪は天の眷属(けんぞく)雷竜──ノッチス・ルッチス・ベネトスと盟約の加護を受けているに違いないと魔女ミルヤミ・キルシは見抜いた。

 ここでお前の力の(みなもと)を引き()がしただの娘にした挙げ句に悪魔への供物(くもつ)にして永遠の苦痛を与えてやる!


 息急き切って這い上がって来たのはまた違う若い騎士だった。魔女は不満に唇を(ゆが)め指先1つで爆風を放つとその騎士を穴底へ飛ばし落とした。


「ええい、何をしておる!? あのアイリなんたらという騎士はなぜ上がってこぬ!?」

 苛立ちを口にして裏の魔女キルシは大穴の縁へ行き穴底を(のぞ)き込んだ。

 (からだ)揺すられ穴底から(おのれ)の足首へと視線をさらに下ろす。



 アイリ・ライハラが足首をつかみ勝ち(ほこ)った憎たらしい笑みを浮かべていた。



「ひ、卑怯(ひきょう)だぞ!? アイリ・ライハラ!」

「うるせぇ! チャンス待つのは騎士の精神だぁ!」

 言い返されそれは違うぞとキルシは息を呑んだ。

「そぉ──れぇ!」

 足すくわれ一気に穴底へと斜面を滑り落ちる魔女に青い甲冑(アーマー)の騎士が馬乗りになり笑い声を浴びせた。

「わははははっ! (くそ)魔女め! 思い知れぇぇ!」

 こ、こいつ本当に天空の剣王(マスター・ソード)と盟約を結んでいるのか!? とキルシはマウントされ顔を殴りつける(こぶし)を両腕で防ぎながら相手を(にら)み返した。

 背中痛め底まで落ちるとミルヤミ・キルシは騎士らの囲まれていることに気づいた。

「アイリ殿、上手くいきましたですね」

 こ、こいつら急な斜面を登れないのは演技だったのか!?

 離れたアイリ・ライハラの横に大柄な騎士が寄りかけて耳打ちする声が聞こえて裏の魔女は術中に()まったことで歯ぎしりした。

 取り囲む騎士らは眼が血走っていた。

 袋叩き、騎士道にも劣る連中────。

 見るからにノーブル国のものは青髪だけで、あとはデアチ国の剣竜騎士の連中かとキルシは見抜いた。騎士道を外れるわけに納得する。

────いや!────

 それどころではないと(あわ)てふためくとでもお前らは(われ)(やす)く見ているなど笑止。

 魔女ミルヤミ・キルシはゆっくりと立ち上がると(あご)を引いて鼻を鳴らした。

 寸秒、右の鼻孔から、たら(・・)────っと鼻血が落ちてきた。

「ぎゃははははっ! こいつ鼻血だしながら格好つけてるじゃん」

 アイリ・ライハラに指さされ笑われ魔女キルシは地団駄を踏んだ。

「この道化────次はダンスを」

 大柄な女騎士がアイリ・ライハラに耳打ちするのが聞こえミルヤミ・キルシは怒鳴りつけた。

「ダンスじゃない! 地団駄だぁ!」

 直後魔女キルシは詠唱(えいしょう)を始め胸前で両手のひらを踊らせそこへ空中から熱波が筋をひき集まりだした。

「我が深黒の浸食を以(も)ち、白き世界を叩き(つぶ)す! エクゾダスプロージョン!」



 青ざめ(あわ)てふためき脱兎(だっと)のごとく逃げだした騎士らの背後で急激に火焔球が爆膨した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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