第18話 落胆

文字数 1,675文字

 左肩から腕を失ったアイリ・ライハラは(ソード)を落とすと右手のひらを()れ落ちた部分にあて両膝(りょうひざ)を地面に着いた。

 こいつら────見えているのにその太刀筋(たちすじ)をまったく感じさせなかった。

 威圧感(いあつかん)あるのにまったく攻め込んでくる気配を感じさせなかった。

 テレーゼ・マカイが言ったように幽霊のような騎士らだった。

 気づいた瞬間、左腕を失い戦う気負いを失ってしまった。

姉様(あねさま)! こいつ吹き出している血が────」

 (いぶ)し銀の甲冑(アーマー)を身につけた騎士が双刀(そうとう)使いの騎士へ告げているのだと、アイリは急激な失血で気が朦朧(もうろう)となるなかなんとなく意識していた。

「なんでこいつの血は青いの!?」

 もう誰が誰に言っているのかすら朧気(おぼろげ)にもわからなかった。

 居館(パレス)壁に付けられた松明(たいまつ)(わず)かな灯りに双刀(そうとう)使いの騎士が近づいて来るのが見えていた。その赤毛の騎士が右手握る(ソード)を振り上げ打ち下ろしてきた寸秒、地面が視界の半分を()め転がった先へ首を失った自分の身体が倒れ込んでくるのが見えていた。

「気味の悪いやつだ──青い血なんて────」

 (かす)んだ視界が闇に呑まれ誰かからそう言われた直後、意識が飛んでしまった。





「助けに来てくれたんだな!」

 弾んだ声に(ひざ)を抱えて地面に座り込んでいたアイリ・ライハラは顔を上げるとヘルカ・ホスティラが(ひざ)を折り顔を覗き込んでいた。

 アイリは眼が合うとまたうなだれてしまった。

「どうしたのだアイリ!? 迷いの森で先に(われ)が見つけたことに気落ちしてるのか?」

「そうじゃないよ」

 そうアイリは女騎士にぼそぼそと(つぶや)いた。

「なんだ? 貴君らしくない。さあ現世に戻ろうではないか」

 ヘルカ・ホスティラは腰に手をあて胸を張って言い放った。

「戻ってもまた()られるだけだ」

 そうアイリがぼそりと(こぼ)した。

()られるって────えぇええ!? 貴君が負けたのかぁ?」

 大声で言われるとなんかムカつくとアイリは唇を(ゆが)め打ち明けた。

「腕()り落とされて、首()ねられた」

 それを聞いたヘルカ・ホスティラは両腕振り上げ(あご)を落とした。

「お、お前がぁ────首をぉぉおお!? なぁぜぇぇぇ!?」

 こいつのずかずか踏み込むとこがいっちばん嫌いなんやとアイリは眼を細めた。

「目と髪が(あか)い三姉妹みたいな奴らが変な幻術で────」

 ヘルカは半身引いてアイリを見つめた。

(われ)も、たぶんそいつらに()り刻まれた──(からだ)揺らしいきなり襲いかかってきた」

「襲いかかってきたって、ヘルカお前、あいつらの太刀筋(たちすじ)見えたのか?」

 アイリに問われ長身の女騎士がぶんぶんと(かぶり)振った。

 アイリはため息ついた。

「はぁ────っ、勝てる気がしねぇ」

「サタン倒した貴君だぞ。弱気でどうする!」

 あぁそんなこともあったっけとアイリは肩落とした。

「マカイのシーデも倒したじゃないか!」

 アイリは痙攣(けいれん)したように顔を強ばらせた。アグネスとテレーゼを残してきたのを思いだした。二人も殺されたなら連れ帰らないといけない。

 テレーゼはあの三人組から逃げてきたのだ。それをアグネスを護って逃げ切れるわけがない。いいや逃げるどころかあの読み切れない太刀筋(たちすじ)にあっという間に()られてしまう。

 大風呂敷広げたわりに、あっという間に()られてしまってごめんなさいとアイリ・ライハラはうなだれた。


「お前────貴君はそんなヘタレだったのか!?」


 女騎士に言われアイリはさらにうなだれた。

「ヘタレ言うな──確かにドジ踏んだのは俺だけどさぁ」

 戻ってもすぐに()られてしまうなら逃げればいい。逃げてにげて逃げまくる。そうして後悔に焼き尽くされて廃人みたくなるんだとアイリは腹立たしく思った。

 命は仮初(かりそ)めで、死はいつも隣にあると気づいていた。

 いつかこんな日が来るんだとずっと心配していたんだ。


 アグネス・ヨークが胸の前で両手握りしめじっと見つめていた。


 どうすればいいんだ!?


 そんな──期待こもった眼でわたしを見つめるな。


 心ふさぐ重石(おもし)(つぶ)されそうだ!



「大丈夫よ。(わたくし)の娘ですもの。アイリ」



 母────ユリアナ・ライハラに後ろから抱きしめられたアイリ・ライハラは涙ぽろぽろと落とし地面を点々とさせた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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