第28話 守護の力
文字数 1,344文字
振り向いたアイリ・ライハラへ王女イルミ・ランタサルは頷いた。
あいつはやれと言っている。
とことんやっちまえと言っている。
マカイのシーデの呪い──黒化は肩を通り越し胸に広がりつつあった。
時間はもうあまりない。
王女へ背を向け高見座から見下ろすいけ好かない爺を睨み据え自分には長すぎる長剣を引き摺りアイリ・ライハラは足を踏みだした。
あの青髪の小娘と長身の女騎士には、はらしきれない恨みがある。
裏の魔女キルシは、まずあの青髪の守護聖霊を無力化し手足を切り落とし地を這いつくばらせ、その豚となり果てた小娘の目の前であの女騎士の首を引き千切ってくれるわと焔を燃え上がらせた。
元老院長サロモン・ラリ・サルコマーの横から一段下へ踏みだしたキルシは包帯を巻きつけた両腕を広げ煉獄との契りを詠唱み始めた。
「我は忘れえぬ──地の底にありながら天空を仰ぎ見──堕天の連鎖を負わし力の頂きへの怨嗟──冥府の業火に焼かれしこの身が灰になろうとも──天は天に、地は地に──すべての聖霊を──すべての怨霊を────分け隔てるは────理の定め────風に吹かれ雨に曝される如きに、天のものは天へ、地のものは地へ帰さん────スーペリオル・リ・ガル・デ・ロブリオン!」
裏の魔女キルシの躰から黒き靄が広がりそれが幾筋も触手の様に高見座から砂敷へと駆け下り流れ闘技場中央にいる青髪の娘へと迫り取り囲み渦をなし中心に青い輝きが広がると一気に喰らいついた。
その光景を見つめ裏の魔女キルシは、やはりあの青髪の小娘は天空の眷族──雷竜──ノッチス・ルッチス・ベネトスが守護となり力を与えていたのだと確信した。
だがどの様な聖霊との守護契約も無に帰す、回帰の術式の前にはたとえ神であろうとも抗う事はできずに、天のものは天に、地のものは地に送り返される。
渦巻く漆黒の靄が青い輝きを引き伸ばし、引き千切り、引き剥がす。
契約は成され、漆黒が四散し始めるとキルシは我を忘れ興奮を押さえきれずにいた。
残されたはただの小娘。
小指でも引き裂ける何の力も持たぬ小人。
さあ、どんな責め苦を与えようぞ!
見えたのは2口の長剣を地面に落とし立ち尽くす女子。もうその髪は加護を失いただの黒い髪に────────裏の魔女キルシは唖然となった。
遠目からでもわかるほど様々な青が、蒼が、碧が────競い合うように輝きを放つ群青の髪の少女。そのものがキルシを指さし大声で告げた。
「あ────すっきりしたぞ! 呪いが消し飛んだ!」
唇を震わせ両腕を振り上げ後退さってしまった。
「そ、そんな、せ、聖霊との加護契約では──な、ないのか!?」
上擦った声で言い張る宮廷魔術師になりたての裏の魔女キルシは包帯の下で冷や汗がどっと吹き出すのを感じて小娘への視線を游がせた。
群青の少女は斬首した黒の騎士の方へすたすた歩き大剣をつかみ上げた。その刃の樋に埋め込まれた赤い魔石が一気に稲妻の様な青白い輝きを放ち始める。
少女は自分の身の丈よりもずっと大きな大剣を片手で楽々と振り回しながら高見座へ身体を振り向けた。
「そこにいろよ! 黒爪の魔女め!!!」
その宣言に座席からサロモン・ラリ・サルコマーが立ち上がろうとして後退さってきた魔女に押し倒された。
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