第26話 無垢(むく)

文字数 1,810文字

 肩落とした孫が闇に紛れる後ろ姿から視線を振り向けると魔女キルシは朽ち果ててゆく臓腑(ぞうふ)の床に両手をついて黒髪を垂らし無防備な(うなじ)をさらしていた。

 アイリ・ライハラは長剣(ロングソード)を腰の(スキャバード)に戻し無言の魔女に(たず)ねた。

「キルシ──1つ聞きたい────アレクサンテリは魔族との混血なのか?」

 魔女は長髪を揺らし(かぶり)振った。

 アイリにとってそれだけが気がかりだった。

 アレクサンテリがどこで暮らそうと自由だが、人に害なす魔導師(ソーサラー)などに成られると探し出し成敗しなければならなくなる。

 ミルヤミ・キルシが命さしだし孫の無事を願った以上、それを無駄にさせたくなかった。

 死人のように大人しくなった魔女を立たせアイリはその片腕を後手にさせ(くず)れ落ちた肉の壁を(また)ぎ腐敗臭の汚物から歩きでて眼にしたものに驚いた。

 大の字にうつ伏せで倒れている蛮族の女総大将ヒルダ・ヌルメラをしゃがみ込んで木の(えだ)でつついている見知らぬ全裸の若い男がいた。一瞬、アイリはアレクサンテリが戻って全裸で嫌がらせしているのかと思ったが髪色が違う。

 ぼさぼさの短髪はアイリのような群青の耀(かがや)きを放っている。



 誰だこいつ!?



 その全裸の男がしゃがみ込んだままいきなりアイリらの方へ振り向いて声をかけた。

「やあ、アイリ」

 な、馴れなれしい奴だぁ! 誰なんだコイツ!? アイリはミルヤミ・キルシを捕縛(ほばく)するのも忘れ眼を点にしてどん引きした。

「それはないだろうアイリ」

「うぅ────────お前、知らん」

 アイリは思わず考えていることを口にした。

「忘れたのか、アイリ、約束を交わしたろ」

 そう言いながらその全裸の男は木の枝を放り出し立ち上がりアイリらの方へ向きを変えた。

 淡い群青の明かりに朧気(おぼろげ)にも見えたアイリは赤面して(あわ)てて顔をそらした。

「小っさ──」

 魔女キルシがぼそりと告げた意味に気づきアイリは後手にした魔女の手首を引っ張り魔女も横に向け全裸の男に言い放った。

「ば、馬鹿やろう! 変態に知り合いはいない! 背をむけろ!!」

 考えてみるとこの全裸の男は臓腑(ぞうふ)の怪物を前に気を失っているヒルダをからかっていたことになる。

「わかったよアイリ──後ろ向くから邪険にするなよ」

 親しげに名を連呼する変態は両手を腰に当てつり上がった小さめの尻を向けた。

「お、お前、誰なんだよ!?」

 男は尻見せたまま半身振り向き右腕を曲げ力こぶを作り微笑んで名乗った。



「ノッチス・ルッチス・ベネトスじゃあないか。天空の眷属(けんぞく)の。ノッチと呼んでくれよ」



 アイリは魔女から手を放し両腕振り上げ驚いた。

 確かにミルヤミ・キルシの仕業(しわざ)天上人(てんじょうびと)(ソード)と云われる青竜との縛りは外れたけれど、その眷属(けんぞく)がどうして若い男の────それも全裸の変態となって現れたんだ!?

「お、お前、本物の、せ、青竜なのか?」

 若い男が指を鳴らすと、いきなりアイリの群青の甲冑(アーマー)が旋風に巻かれ少女はチェインメイル姿になった。

「ほら、本物だろ? 君を肉の囲いから抜け出させる代わりに約束しただろ」

 あ、思いだした! 確かに腐肉の球(ろう)から出してくれる代わりに同行を許したんだ。

 しかし、こんな全裸の男を連れて帰ると大騒ぎになるぞ!

「なんでお前────裸なんだぁ?」

「やだなぁ────竜が服着てるはずないだろぉ」


 せ、青竜と認めやがった! し、しかし天使でもローブ着てるだろ。


「そ、そうじゃない。お、俺に甲冑(アーマー)着せる力あるならお前、服ぐらい出せるだろうぅがぁ」


 アイリは腕振り上げ指摘した。


「いやぁ、すっぽんぽんは気持ちいい」

 騒ぎに気を失っているヒルダ・ヌルメラが身動きし、後頭部を片手で押さえながら上半身を起こし座り込んで(そば)に立つ男に気づき問うた。

「いたたたぁっ────お前かぁ(われ)を後ろからいきなり殴ったのは!?」

 問いただしながら振り向いた蛮族の女総大将はそれ(・・)を間近で見ていきなり笑い声を高らかに上げた。

「────ははははっ────────ちっさ──」

 それを聞いてノッチは地団駄を踏んで抗議した。

「この土塊(つちくれ)の女よ、見逃してやる。代わりに身につける革(よろい)(われ)に差しだせ」

 その言い草に頭に大きなたんこぶ乗せた女総大将は眼が座ってしまった。

 いきなりヒルダ・ヌルメラは偉そうな全裸の男へ足払いかけひっくり返した。



 それ(・・)を振り上げ後頭部から瓦礫(がれき)に落ちたノッチス・ルッチス・ベネトスは情けない悲鳴を上げ、アイリ・ライハラはこんな奴と長年共にすごしてきたかと思うと腹立たしくなった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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