第11話 流浪の民(るろうのたみ)

文字数 1,783文字

 イルミ・ランタサルがアイリの馬が()いていた荷役(にやく)馬を調べる間、ヘルカと女剣士ウルスラは周囲へ視線を巡らし警戒していた。

「馬に細工された様子はありません」

 そう王妃(おうひ)が告げるとヘルカが振り向いて(たず)ねた。

「しかし王妃(おうひ)様、あの襲撃者は馬の(うなじ)に吸い込まれました。刻印か、魔法陣のような紋章(クレスト)があるのでは?」

「あれが銀盤の魔女でしょう。伝承では痕跡(こんせき)を残さないとあります。これ以上調べても無益(むえき)でしょう」

 そう教えイルミは息絶えた自分の馬に繋いだ荷役(にやく)馬をアイリの馬に繋ぎその少女が乗っていた馬に乗馬した。

「行きますよヘルカ、ウルスラ」

 自分の馬の(あぶみ)に足をかけ馬の背に足を上げながらヘルカは王妃(おうひ)の心中を察した。

 イルミにとってアイリ・ライハラは何ものにも代え難い存在のはずだ。

 そのことに触れず先を急ぐ王妃(おうひ)は判断を誤るかもしれなかった。

 それに────争いの最中に見せた女剣士ウルスラの叫び声を銀盤の魔女は呪いの声だと言っていた。

 明らかにあれは剣技(けんぎ)などではない!

 マカイのシーデ姉妹の双子は殺したはずだ。アイリはその切り刻んだ遺体を闘技場(アリーナ)でデアチ国の兵士らへ曝したではないか。


 ウルスラ・ヴァルティアはマカイのシーデ姉妹の身内のものなのかもしれない。


 王妃(おうひ)に合わせ馬を走らせ始めたヘルカ・ホスティラは並ぶ女剣士の横顔を盗み見た。ウルスラはいつも(スカル)のフェイスを薄布で隠している。アイリの話しだと酷い怪我の痕を人に見られるのが嫌だということだったが、少女は何かを知っているかもしれなかったが、今は問うこともできなかった。

 アイリを(さら)われた上に刺客(しかく)かもしれないウルスラの問題は厄介(やっかい)だとヘルカは思った。

 イルミ・ランタサルは魔女の声が聞こえたはずだ。それがウルスラのことに触れないのはアイリを(さら)われたことのショックが大きいからだ。

 ふとヘルカはウルスラの斜め後ろを馬走らせる少女の旦那(だんな)の方を横目で確かめた。

 悲しむ素振りも怒りも見せないあの男はアイリの何なのだ!?

 今は悪戯(いたずら)にことを騒ぎ立てるときではない。あの魔女を倒すには1人でも兵力が欲しかった。

 その女騎士の思いとは裏腹に王妃(おうひ)イルミ・ランタサルは別のことを考えていた。


 1度目の時は(わたくし)(ねら)い、今回はアイリに手を出した。


 イルミは銀眼の魔女ルースクース・パイトニサムが誰(ねら)いでもないと感じていた。

 (さら)われたのはアイリだがヘルカでもウルスラでもあり得るような気がするのはなぜ。あれだけの強さがありながら銀眼はヘルカにもウルスラにも(わたくし)にさえ(とど)めをさす素振りを見せなかった。

 ならあの白髪の(ねら)いはなに!?

 答えは伝承の地にあるとイルミ・ランタサルは馬を襲歩(ギャロップ)で急がせた。





 夕刻の陽も地平線に隠れきる寸前にイルミ・ランタサル一行はラモ一族(いちぞく)のキャンプに出くわした。

 ラモ一族はイズイ大陸の広域を遊牧する民族でジプシーの(たぐい)だった。

 20ほどの斜塔のように尖った天幕(てんまく)に60人ほどのラモたちが野営の準備に追われていた。

 イルミらの馬が近づいて来ると数人の高齢の男女が出迎えイルミが声をかけた。

(わたくし)達一行は旅のもの。一泊させて頂きたいのですが。無論、お礼もお渡しいたします」

「これはこれはようこそ。我々は流浪の(たみ)ラモ。私は族長のオホト。歓迎いたします」

 野営の中央にある一回り大きな天幕(てんまく)にイルミらは招かれた。

 石で囲った焚き火を取り囲み(みな)が座ると族長がイルミらに(たず)ねた。

「このような町もない田舎に旅とはいえ目的もないわけでは?」

「ええ、人攫(ひとさら)いを追っています。友を誘拐されてしまいました」

 そうイルミが説明すると、長老が驚いた。

「どのような賊どもでしょうか? 見覚えがあれば逃げ先をお教えできましょうぞ」



「容姿はとても特徴のあるものです。長髪は白く双眼は氷床(ひょうしょう)(ごと)き銀」



 同席するラモの面々があからさまに動揺し始めイルミらは表情を曇らせた。

「そ、それはルースクース・パイトニサム────銀盤の魔女では?」

 族長の(わき)に座す中年の女性がイルミらに問いかけた。

「ええ、そうかもしれません。ですが追いつき捕らえてみないとそれもわかりません」

 そうイルミがラモの(みな)を落ち着かせるために力強くも穏やかに言い切ると族長がすまなそうに告げた。

「その(さら)われた貴女(あなた)方のお友達は、もう亡くなられているやもしれません」



 族長の言葉に王妃(おうひ)イルミ・ランタサルは根拠(こんきょ)をと(わず)かに身を乗りだした。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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