第19話 言ったが最後

文字数 2,773文字

 眼を疑いイルミ・ランタサル王女は周囲を見回し連れてきた騎士達も眼を(およ)がせていた。

 アイリ・ライハラ1人は相変わらず(わめ)き虫を追い払うように手を振り回し、侍女(じじょ)ヘリヤは威圧(いあつ)され王女の後ろに隠れていた。

 近衛兵30数人に案内され通された見参の場は居館(パレス)などの屋内ではなかった。

 9人が荷馬車なりに通されたのは大きな闘技場(アリーナ)だった。祖国ディルシアクト城にも城内に近衛兵達が訓練に使う闘技場(アリーナ)はあるが規模がまるで違っていた。

 洗い(おけ)と広場の噴水池ほども差がある。闘技場(アリーナ)で国同士の兵すべてが合戦できそうなほど広く内壁が高い。まるで城壁に取り囲まれているようだとイルミは思った。内壁上の観覧席に人はいないが、楽に1万は座れそうに思える。

 一国の公女を出迎える場が砂敷(さじき)とは──とイルミ王女は唇をねじ曲げ無人の高座を(にら)み据えた。

 案内してきた近衛兵らは内壁の数カ所にある閉じた鉄格子の引き上げ扉前に立ち逃げ道を塞いでいた。

「くそう許せん。王女様をこの様な扱いにしおって──」

 珍しく騎士団長リクハルド・ラハナトスが不満を口にするのを耳にし、イルミ王女は女騎士ヘルカ・ホスティラが無言でいる事の方が怖くなった。

 王女が座るものが欲しくなりだした頃にやっと内壁の上で動きがあった。高座の左右階段上にある出入り口から騎士と近衛兵を従えた(きら)びやかなタバード(:中世のポンチョに似た紋章入りの着衣の一種)姿の老人が現れた。

 イルミ王女が思わず眉根をしかめたのは、その老人に従い姿を表した包帯だらけの背の低いものだった。頭の包帯の後ろから長い黒髪を下ろしているのに気づきミイラは女だとイルミは思った。

 老人が高座につくと腰を下ろす際にデアチ国の騎士や兵すべてが頭を下げた。だがイルミ王女は視線すら下げずに(にら)み続けた。

 老人が隣に立つ貴族風の男に顔を向け何か(ささや)くとその貴族風の男が大声で伝えた。

謁見(えっけん)を申し込んだものらよ、ノーブル国公女を名乗っているものがいるとの事だが、誠か!? と元老院長が仰っております!」

 応えたのは騎士団長リクハルド・ラハナトスだった。

「こちらの御方がノーブル国公女イルミ・ランタサルなるぞ! この様な場で謁見(えっけん)────」

 抗議しかかる騎士団長の斜め前でイルミ・ランタサルが横へ腕を振り上げ制した。

 高座で老齢の男が貴族風のものへ何か告げ直後、その耳を傾けた見てくれだけで威厳(いげん)なき男が声を張り上げた。


「この御方はデアチ大国元老院司長(しちょう)サロモン・ラリ・サルコマー、諸君(たた)えよ!!」


 イルミ・ランタサルは(わず)かに(うつむ)くと片側の口角を軽く吊り上げ鼻で笑い顔を引き締め振り上げた。

「お初にお目にかかりますデアチ()国元老院司長(しちょう)サロモン・ラリ・サルコマー()! この様な早い時刻にお目通り頂き至極光栄であります! 粗末ですが献上品(けんじょうひん)お持ちしましたかいがあります!」

 張りのある声で皮肉(ひにく)混じりにそう告げイルミ王女は荷馬車へ片腕を振ってみせた。その(あい)を後ろを振り向きながら腕を振り回すアイリ・ライハラが小走りに抜け女騎士に捕まり王女は右(まぶた)を引き()らせた。

 サルコマー元老院長がまた横の男に何か告げ、彼が声を張り上げた。

「ノーブル国ランタサル王室公女が手土産持参で何を懇願(こんがん)しに参った、と元老院長が仰っております!」

 ここからが本番だとイルミ王女は気持ちを引き締めた。

「貴国が長きに渡り領土拡大に(いそ)しむ理由は存じませぬ。ですがノーブル国(たみ)とウルマス・ランタサル国王を他国と同じに(ぎょ)しやすいと見限らないで頂きたい──」

 王女は言葉句切り、高座のサロモン・ラリ・サルコマーを(にら)み続けた。あの男が我が家臣(かしん)ヴィルホ・カンニストを懐柔(かいじゅう)し、魔女を(つか)い怪物を差し向けた。


 斜め後ろでヘルカ・ホスティラにつかまれてじたばたする少女をイルミ王女は意識した。

 アイリ・ライハラがいなければ、父も自分も命を落としていただろう。



「小娘!!」



 王女は一瞬、誰が誰に声を掛けたのか理解(およ)ばなかった。

「お前は国の力を何と考える!?」

 イルミ・ランタサルは喋れるじゃないかと高座の老人を見上げ即答した。


(たみ)の力を効果的に用いる能力です!」


 高座で老人が鼻で笑ったと王女は気づいた。

(さか)しらの小娘よ! 勘違いしとるようじゃな。教えてやろう──」

 (おろ)かだと言われ王女は唇を引き結んだ。



「国の力とは────浴するものを手にする力だ」



 それは軍師の口上だとイルミは思った。盗賊と紙一重。大陸を食い潰した先に待ち構えるのは亡国(ぼうこく)

「それでは子孫繁栄を(たみ)から奪ってしまいます」

 (うった)えを聞いたのではない。あの老人は会話を望んだのではない。畳みかける端緒(たんしょ)を相手にさらけ出させたかっただけだわとイルミ王女は言いながら顔を強ばらせた。


「滅ぶのは差し出すものを持たぬ国だ。王女よお前は何を差し出す!?」


 交換条件は相手の言いなりなると王女は覚悟していた。相手は列強の一国──弱小国などに虚心坦懐(きょしんたんかい)な態度をとるはずもないと心の底では(あきら)めていた。言葉を並べ立ててもあのあ醜老(しゅうろう)が納得はしない。イルミ王女は視線を落とし(うつむ)いた。


 差し出せるものなど1つしかない。


「──わた──くしを────」


 聞こえていないはずがなかった。だからこそ狙いすまして切り返してきた。


「聞こえぬな。お前の配下にすら聞こえぬぞ」



 イルミ・ランタサルは唇を震わせ声を絞り出した。





 朝食のすぐ後、1度姿消したイラ・ヤルヴァがまた戻ってきてアイリ・ライハラにつきまとい始めた。

『ねぇ御師匠、天国って退屈そうで、つ・ま・ん・な・い』とか何とか並べ立て上へ連れて行こうとする。

「そんなことあるかぁ!」

 そう怒鳴りつけ追い払うとまたよってきて『行かなきゃわかんないですよね~』などと勝手なことを(ささや)く。

 イルミ王女達が宿を後にし、アイリはまたヘルカ・ホスティラ操る荷馬車に乗り込むとイラはゆらゆらとついて来た。

 大きな跳ね橋が下ろされる間、イラが少女の横に下りてきて耳元に(ささや)いた。

「御師匠、この城ぷんぷん匂うんです」

 匂う? アイリは鼻を突き出しすんすんと()いでみた。(ほの)かに鼻に届くのは前の王女達が乗る荷馬車に積まれた(たる)からのものだけだった。

 大きな場所へ兵士に案内されたものの上の空でまた少女はイラ・ヤルヴァを追い払い逃げ回り始めた。

 イルミが誰かと大声で話してるのはわかっていた。彼女の後ろを駆け抜けた寸秒、女騎士ヘルカ・ホスティラに腕をつかまれて『大人しくしろ』と怒られ、アイリは次にイラにつかまり振り向くと成仏してない女暗殺者(アサシン)(おお)い被さってきた。

「御師匠様、つ・か・ま・え・た!」

 抱きついたイラを振り解こうと暴れ出した少女は思わず怒鳴った。



「ぶち殺すぞてめぇ!!!」



 闘技場(アリーナ)が静粛に包まれ(みな)の視線が集まってしまいイルミ・ランタサルが半身振り向き驚いた顔でアイリ・ライハラを見つめていた。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み