第9話 死の舞踏
文字数 1,586文字
こうなることは想定していた。
男を連れ帰った大切な少女を思い知らせようとしたわけではない。
ちょっぴりその気持ちがあるのは認めるけど。
群青の髪の少女をアーウェルサ・パイトニサム裏の魔女のキルシの討伐に出させたのは、少女にさらに磨きをかけるためだった。
その間に、続く試練をと魔女の祖に当たるものを探して文献を読みあさり見つけた伝承。
銀盤の魔女。
眼にした瞬間、寒気が走った。昔聞いた話を思いだし、不確かな記憶が繋がってゆくと、読みあさる記述の諸々が特定の時代に集中しておらず、つい数年前と思われるものがあることにさらに愕かされた。
ミルヤミ・キルシは数百年生きていると云われていたが、その血筋とされるものの最古の伝承は実に500年前にさかのぼる。
最近のものを吟味して古くからあるように捏造したにしては、銀盤の魔女に襲われ離散した集落や村々の具体的な記録が教会にしっかりと残っていた。
それらのことに対し私は何だ────。
国2つを治める王族の1人として看過できない事実は最早伝承などではなく亡国への道標だと知ってしまった。
なら自らしてこの眼で確かめ、配下のものを遣い代償を覚悟し手を加えなければならない。
どの命を堕とすかを迫られるだろう。
イルミ・ランタサルはこんなことのために宝石のような髪の少女を失いたくはないと思った。
突如、前を行くアイリ・ライハラの馬が曳く荷馬に立ち上がった白髪を広げた女!
乗った馬が怯え仁王立ちになって鞍から振り落とされまいとイルミ・ランタサルは鐙に入れた足が抜けぬように爪先を下げ堪え手綱を思いっきり引いた。
舞い踊る白髪の前髪の隙間から銀眼の1つが見えた。
ルースクース・パイトニサム!───銀眼の魔女!!
左右の騎士と剣士が抜刀し異様な女に斬りかかる直前、昼の明るさが白髪の女に一気に吸い込まれ百夜に呑み込まれた。
この女────日蝕を操る!? そう17歳の王妃が強張った眼差しで睨み返し思ったのと同時、魔女の前の馬に乗る頼りのアイリ・ライハラの青髪が色を失って白髪に見え少女が遠ざかってゆくことが理解できずにイルミ・ランタサルは眼を游がせた。
魔女の術中に墜ちた!?
私が!?
いや、皆が結界に呑まれた!
魔女の次の挙動を予感した王妃は避けようと右の手綱を強く引き馬の鬣が流れるより速く身体を横へひねった。
刹那、操る馬の頭が首から斜めに横滑りして右手に傾きながら落ち横に倒れた馬からイルミ・ランタサルは放り出された。
地面に叩きつけられた王妃は髪を踊らせる魔女の左右からヘルカ・ホスティラとウルスラ・ヴァルティアが同時に斬りかかるのが見えていた。
まるでアイリ・ライハラのような素速さで銀眼の魔女が左右に腕を振り出すとその手に握られた氷柱のような剣の刃で騎士と剣士の長剣を受け止め甲高い撃音が広がった。
剣技に秀でた2人の攻撃を易々と受け止めたのはもう魔女でなく剣士そのものだった。
ぶつけた刃を反転させ1度身体の後ろに引いたヘルカとウルスラが上半身を捻り剣を横と縦から振り抜いた。その殺陣を目の当たりにしながら手をついて上半身を捻り起こしたイルミは尻餅を着いたまま後退さり遠ざかろうとした。
その傍らの地面に折れ飛んだ長剣の刃の半身が突き立った。
王妃見上げた女騎士ヘルカ・ホスティラが帯刀する予備の剣を鞘から一気に引き抜き銀眼の魔女へ強速で振り抜いた。
その太刀筋が折れるように上へ跳ね上がりヘルカ・ホスティラが顔を引き攣らせた。
銀眼の魔女は踊る白髪の如く両腕を振り回していた。
その手に握る氷の剣が急激に伸びヘルカ・ホスティラとウルスラ・ヴァルティアが同時に落馬しそうなほどに身体を横にずらして躱すのが見えていた。
刹那、魔女が立つ荷役の馬にアイリ・ライハラが剣振り下ろしながら髪とスカート靡かせ飛び移ってきた。
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