第23話 お山の大将

文字数 1,610文字

 固まって動けない。

 日頃の勢いがすっかりと()えてしまった。

「アイリがちょっとも戻って来ないじゃない!」

 イルミ・ランタサル王妃(おうひ)に責められ、片膝(かたひざ)を立て玉座から伸びるレッドカーペットに(うつむ)く女騎士ヘルカ・ホスティラは冷や汗をだらだらと流していた。


 言い出しっぺは自分だ。


 だがあの山猿、飛び出したが最後、どこへ突っ走ったか皆目見当もつかなかった。

 王妃(おうひ)様にアイリ・ライハラを奪う勢力ありとそそのかし大芝居を打たせ魔女裁判をうやむやにする糸口とさせたのは、最初とっても良い案だと女騎士は(えつ)に入った。

 だが──法廷から異端審問官を引き連れ逃げだした少女の行方は知れず。1日足を棒にして城下町まで調べ()くしたが見つからず仕舞だった。

 小猿がいなければ静かでいい。

 ヘルカは最初そう思ったが雲行きが怪しくなった。

王妃(おうひ)様、今、一時(いっとき)のご辛抱を。必ずやアイリを連れ戻しますゆえ」

「黙りなさいヘルカ・ホスティラ!」

 ひっ、と女騎士は息を呑んだ。

「アイリに反勢力を上げさせ剣竜騎士団をまとめるどころか、法廷から新任騎士団長が逃げだしたと騎士団が浮ついているではないですか! 剣竜騎士団からアイリ捜索隊に出させてくれと声あがる始末! どうするのですか、この大飯喰(おおめしぐ)らい!!」


 お、お、大飯喰(おおめしぐ)らい!?


 言うに事及んでタダ飯喰らいの様に! ヘルカ・ホスティラは唇震わせ青ざめた。

 これまで叱責(しっせき)を受けなかったと言えば(おのれ)にすら後ろめたい思いをさせることになる。

 だがタダ飯喰らいのように言われ黙って引き下がれまい。たとえ相手がイルミ・ランタサル王妃(おうひ)様であっても見過ごすことができない。

「御言葉ですが、王妃(おうひ)様、(わたくし)めはアイリ・ライハラの失態を眼にされた王妃(おうひ)様の(うれ)いを────」



「ほう? 魔女嫌疑(まじょけんぎ)がアイリの失態? 闘技場(アリーナ)で軍勢にも怖じず、(わたくし)が打倒を心した元老院長サロモン・ラリ・サルコマーを一撃で仕留めた第1騎士を手助けするどころか、デアチ国騎士団に振り回される騎士団長を失態と切り捨てるか!?」



 ヤバい! マジにこの王族、頭にきている! ヘルカ・ホスティラは元ノーブル国騎士団長のリクハルド・ラハナトスが助け船を出してくれると心待ちにしていたが、横目で彼を見た瞬間、青ざめた。


 おっさんが(うつむ)いたまま鼻風船を膨らませている! 第3騎士が(しか)り飛ばされているのに居眠りこきやがって!


「さぁ、どうするのです、ヘルカ・ホスティラ!?」


 どうするも魔女嫌疑はお流れになり、当面の問題はざわついたデアチ国剣竜騎士団のものら。それを王妃(おうひ)様が難詰(なんきつ)されれば事も無げに(おさ)まろうというもの。


「げっ────!」


 女騎士は思わず声に出しそうになり、(あわ)てて言葉を呑み込んだ。

 王妃(おうひ)様の意図が見えてきた。

 剣竜騎士団にこの身を突き出し人柱とするつもりだ。

 冗談じゃない! この国の魑魅魍魎(ちみもうりょう)(ごと)き剣竜騎士団は小猿のもの! あれがもたもたと絞められないのがいけないのを、王妃(おうひ)様は我を贖罪(しょくざい)山羊(やぎ)にされる腹積もりだ!


 (さら)し者になってたまるか! 女騎士ヘルカ・ホスティラは必死に考え口にした。


王妃(おうひ)様、御提案が御座います。デアチ国剣竜騎士団──有象無象(うぞうむぞう)(まと)めるにはやはり経験豊富な年長のものが適任かと存じます。ですので是非とも元騎士団長ラハナトス殿に命じられてはいかがかと────」

 やった! これで逃れられるぞとヘルカ・ホスティラはニンマリとしそうなのを(こら)えた。

「リクハルドは常日頃(つねひごろ)若いものに経験を積ませる機会が少ないとこぼしてました」

 あ────言えば、こう言う! 王妃(おうひ)様に口先で勝とうと思った浅ましさを今更(いまさら)に女騎士は気づいた。



「ヘルカ・ホスティラ、アイリ・ライハラが戻るまで剣竜騎士団の団長を命ずる」



「そ、そんな、御一考を────」

 (つぶや)き唖然とした表情でヘルカ・ホスティラが顔を上げると玉座に腰かけた王妃(おうひ)肘掛(ひじか)けの上でしきりと指を動かしているのが見えた。




 お山の大将に────されてしまった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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