第12話 近衛兵副長

文字数 2,754文字


「──よって褒賞(ほうしょう)と3人の侍女(じじょ)を有り難く受け取り、娘──アイリ・ライハラをランタサル王家に奉公(ほうこう)させることを光栄としここに誓います。父:クラウス・ライハラ 追伸 褒賞(ほうしょう)の分きっちり働かせてやってください」

 ソファで聞いていたアイリはテーブルを乗り越え王女が手にして読み上げていた約定(やくじょう)書をつかみとるとひっくり返して視線を下ろした。

 見る間に青白い顔になり冷や汗を浮かべる少女に反対側のソファに腰を下ろしている王女が咳払い1つで告げた。

「こほん、アイリ器用ね。上下逆さまよ。それとテーブルから下りなさい近衛兵副長(・・・・・)

 いきなりアイリは約定書を両手でビリビリに破くと口に放り込み呑み込んで宣言した。

「こぉ、これでぇ、げほ、げほっ、身売りは不成立だぁ!」

「まぁ!? 身売りですと? 『奉公(ほうこう)』とあなたのお父上が(おっしゃ)ってるでしょう。それにアイリ、あなた顔が青ざめると髪色と相まって死人の様よ。おやめなさいな──食べた約定(やくじょう)書は手書きの予備ですから」

 テーブルに四つん()いになっていたアイリが右手を顔の前に上げ顳顬(こめかみ)に青筋立てて(こぶし)を握りしめた。

「あのエロ親父、俺を売りやがって! 顔見せたら足腰使えねぇようにしてやるぅ!」

 眼を強ばらせ呪いを(つぶや)いた瞬間、テーブルの脚が2本折れ少女は顔から滑り落ち突っ伏した。

 それを見下ろしてイルミ王女はにたぁと一瞬顔を崩すと引き締めた。

「さあ、近衛兵副長(・・・・・)、近衛兵居館(パラス)へ出向きなさいな。あなたの部下120名に挨拶しないと」

「いやだぁ」

 尻を持ち上げ突っ伏したままのアイリがなおも(こば)むのでイルミ王女は右手の指を妖しく(うごめ)かせながら少女に告げた。

「往生の悪い! さっさとお行きなさい、アイリ。その持ち上げたままの可愛いお尻にわたくしの靴ががっつり食い込みますことよ」

 言い放ち王女がドレスのスカートをつまみ片足を上げるとアイリは四つん()いのまま凄まじい勢いで扉へと逃げた。そうしてゆらゆらと立ち上がるとソファへととぼとぼ戻り横に置いていた自分の細身の剣をつかみ(さや)先をカーペットに引き()りながら扉へと戻った。

(みな)に挨拶し、ライモ近衛兵長から説明を受け兵装を受け取ったらわたくしのもとへ今一度来なさい」

 背に命じられ返事もせずにアイリは力なく扉を開き廊下へ出ると後ろ手に扉を閉じた。

 静かな長い廊下に立ち並ぶ彫刻を施された柱の間を少女はとぼとぼと出口へ向かった。

 すれ違う数人のもの達が少女へ興味本位の視線を向けるのも知らずアイリは広場に出ると横手にある近衛兵居館(パラス)へと向かい扉を引き開きか細い声を中にかけた。

「ちわぁす、アイリ・ライハラでぇす。近衛兵に配属になりぃあしたぁ──」

 途端に長テーブルで談話していた20人あまりの男らが振り向き数人のものが長椅子から壁へ飛び離れ強張った顔を出入り口へ向けた。その怯えようを眼にしてアイリは唇をねじ曲げた。

「お!? 本当に来やがったな! こっちに来い、アイリ」

 奥のテーブルに腰掛けたライモが明るい声を返し手招きした。

 少女は中へ入り扉を閉じると一礼してテーブルの間を奥へと歩き床にある異物に眼を奪われた。



 釘で打ちつけられた自分の靴がそのままにしてある。



 どういうことだとアイリは眉間に(しわ)を刻み、一足の靴を避けるように先へ歩きライモのいるテーブルの横に立つとぺこりと頭を下げた。

「ちぃわす。イルミに副長やれと言われてきたアイリです。よろしくお願いしますぅ」

「あははは! 王女に本当に近衛兵にさせられたか。座れよ」

 大柄(おおがら)なライモが豪傑に一笑いして自分の座る長椅子の横を(たた)いた。

「お前、騎士のヨエル・ネストリとヘルマンニ・アールネを町で倒したんだってな。近衛兵じゃなくて騎士見習いにさせられると皆が言っていたところだ」

 椅子に腰を下ろした少女が顔を上げると、まだ全員が彼女を見ていた。

「で、どうやって倒した? その果物ナイフでか?」

「棒で(たた)いた──」

 アイリがぼそりと言うと数人の男らが息を呑むのが聞こえた。

「棒? 棍棒(こんぼう)か?」

 ライモに聞かれアイリは(かぶり)振った。

「洗濯物干しの長棒──」

 一瞬間がありライモがまた大笑いした。

「お前、あんな細い棒で騎士を倒せたのか? あいつらのソードにまた巻きつけたのか?」

「1人の頭を突いて折れたんで、それでもう1人を折れたやつで(たた)いた」

 説明してるアイリは同じテーブルにつく5人の男らが食い入るように聞いていることに気がついた。その5人だけでない他のテーブルのもの達も耳を立て聞いているのが少女にはよくわかった。

「大した奴だ!」

 そう言ってライモがアイリの背を大きな手で(たた)き少女はテーブルに顔をぶつけそうになった。

「それより、ユハナさんてどの人?」

 アイリが横にいる近衛兵長に尋ねると隣のテーブルにいる細身だが(たくま)しく若い男が声を返した。

「俺だ」

 アイリはいきなり立ち上がりユハナに身体の向きを変えると深々と頭を下げ謝った。


「ごめんなさい。私、あなたの役を奪ってしまったの」


 謝罪にユハナ副長が否定した。

「アイリ、頭をあげろ。君が騎士2人を倒したと耳にして、王女がここで君を副長にすると宣言したのを呑んだよ。胸がすっとしたんだ」

 わけが分からずに少女が困惑した顔を上げると後ろからライモが説明した。

「俺達近衛兵は(みな)騎士を(うと)んでいる。いつも(えら)そうに指図し、それでいて(いくさ)の手柄をみんなかっ(さら)ってゆく騎士らを(こころよ)く思っていない。それをお前さんみたいな小娘が2人も倒したと聞いて(みんな)喜んでるんだ。新しい近衛兵副長さんよ」

 そう言ってライモがまたアイリの背中を手のひらで(たた)き少女は大きくよろめいた。その腕をつかんでライモが支えると静かだった居室が一気に活気づいた。そうして次々に男達が少女に声をかけ始めた。



 アイリ・ライハラは彼らに受け入れられている理由を知りリクハルド・ラハナトス騎士団長がそのような人には思えないのにと内心困惑していた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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