第5話 蝿(はえ)の王

文字数 1,843文字

 盛大に白煙上げる(はえ)の王ベルゼビュートはアイリ・ライハラら一行の目前で地面を派手に転げまわった。

「ひ、卑怯だぞ、あ、あい、アイリ・ライハラ──」

 頭抱えて右に左に転がる悪魔は白煙の合間に一国の若い騎士団長をギラギラとした目で睨みつけた。

「何で悪魔相手にフェアにならなきゃなんないんだよ」

 アイリは馬から下りて(はえ)の王に問いかけた。

「うぬぬぬ、サタンにも劣る悪辣(あくらつ)な人間め」

 転がりながらベルゼビュートは言い返した。

 アイリは馬の(くら)に付けた荷物入れからガラス瓶を取りだしそれを(はえ)の王へ投げつけ瓶は割れ中の透明な液体が悪魔に降りかかった。

「ぎぃえええええっ! 聖水など姑息(こそく)なぁ!」

 ベルゼビュートの(からだ)から青白い(ほのお)が吹き上がった。

姑息(こそく)言うなピチピチの娘に」

 アイリは下唇を突き出して(はえ)の王を脅した。それを見ていた女剣士ウルスラ・ヴァルティアを名乗るテレーゼ・マカイは呆れかえった。

 デアチ国宮殿の奥には捕らわれの黒い蛇がいるという。それは悪魔の王サタンの成れの果てだと云われている。

 捕らえたのはアイリ・ライハラ。

 それどころか闇の王アバドンさえも倒してしまったという。

 (はえ)の王などとるに足らないではないかとテレーゼ・マカイは思った。

「この悪辣(あくらつ)な女騎士め!」

 ベルゼビュートは身に広がった(ほのお)を手で叩き消しながらアイリを大きな複眼で睨んだ。

「ベルゼビュート、我々の騎士団長を何と心得る!」

 テレーゼ・マカイに大声で言われ(はえ)の王は振り向いた。

「ただの小賢しい小娘だ!」

 その言い様にテレーゼ・マカイは含み笑いをして告げた。

「サタンとアバドンを倒したのを知らぬとみた」

 (はえ)の王は顔を振り向け青い甲冑(アーマー)の騎士を(にら)み据えた。紋章(クレスト)と聖水で身を焼いたこいつが、かとベルゼビュートは触角を下げた。

 裏の魔女が命じた呪い殺す相手はサタン──年を経た蛇を倒した強者(つわもの)だというのか。

 話が違うではないか。

 簡単に(ひね)りつぶせるとキルシは言ったではないか。

 所詮(しょせん)は邪悪な魔女の甘言。適当なことを言いおって。

 いいや、紫紺の胸当(ブレスト・プレート)をつけた女剣士が嘘をついているのだ。サタンとアバドンを人間ごときが倒せるわけがない。

 こともあろうか、この悪魔を惑わし契約の邪魔を画策している小賢しい人間め。

 だが────。

 (はえ)の王と聞いて恐れる素振りも見せぬアイリ・ライハラは何だ!?

「その昆虫の頭、切り落としてやるよ」

 そう言い捨てアイリ・ライハラが長剣(ロングソード)を引き抜いて2歩踏みだした。

 ベルゼビュートは咄嗟(とっさ)に狼の吠え声を上げ口から炎を吐いた。だがその威嚇(いかく)にアイリは(ひる)まずに回り込みながら構えを変え(はえ)の王へ間合いを詰めた。

 その(ひる)むどころか詰め寄る有り様にベルゼビュートはあからさまにうろたえた。

 サタンとアバドンを倒したのを知らぬとみたと紫紺の胸当(ブレスト・プレート)をつけた女剣士に言われたことが脳裏に蘇る。

 たかが人間に大王と闇の王が倒せるものか。ベルゼビュートはさらに狼の吠え声を上げ口から炎を吐いた。

「ベルゼビュート、誰にそそのかされた?」

 (ソード)を顔の横に構え上げるアイリ・ライハラが問うた。

 だが(はえ)の王はこんな人間ごときに倒されるわけがないとあざ笑った。

「笑える余裕がないことを知れベルゼビュート」

 呪い倒すべき相手に踏みだされ言われ(はえ)の王は後退(あとず)さった。アイリ・ライハラが(ソード)を身体のまわりに振り回し始めると風が(うな)り凄まじい速さの刃口(ポイント)に水蒸気の尾がたなびき始めた。

 紋章(クレスト)や聖水に頼ったのは前座にすぎないと青い甲冑(アーマー)を身につけた騎士が(ソード)振り回し詰め寄る。

 ベルゼビュートは呪いの言葉をアイリ・ライハラにあびせた。

 だが騎士団長はその言葉が届く前に甲高く(うな)(ソード)の勢いでかき消した。

 人間風情(ふぜい)が呪いを無効化できた!? (はえ)の王は昆虫の(あご)引き迫ってくる人間の女の顔に視線が外せずにいた。座った群青の瞳が三白眼で睨みつけ小ぶりの唇が吊り上がっていた。

 なんだこいつのこの絶対的な自信は!?

 奇声の(ごと)き咆哮を上げる(ブレード)の残像が流れを変え押し寄せた刹那(せつな)ベルゼビュートは額に生える触角を2本とも切り落とされた。

 (はえ)の王は愕然(がくぜん)となった。

 数万年、触れさせることもなかった(からだ)の一部を(かわ)すことも許さずに断ち切った。

 こいつは人間なんかじゃない!

 素早く後退(あとず)さり間合いをとろうとした一閃(いっせん)、たった1人の人間の女が追い込んできた。


「言ったはずだ。その(はえ)の頭を()り落としてやる──と────」


 恐ろしい速さで回り込まれ逃れる先の背後から(ささや)かれ(はえ)の王がうろたえた寸秒、悪魔の首の後ろで雷光が踊った。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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