第16話 海老反り
文字数 1,942文字
剣を振り上げ馬で向かってくる騎士みたいな奴がとても友好的には思えなかった。
アイリ・ライハラは身体を捻り右手を荷台に突っ込んで自分の長剣のグリップをつかむと、鞘だけ残し一気に前方へ振り向き引き抜いて立ち上がった。
そうして操馬台を蹴りだして2頭立てのイルミ・ランタサル前の馬の尻へ跳びそのまま背へと駆け驚く馬の頭を蹴って飛びだした。
「ファイヴ・ステップ!」
言い放ち一瞬空中で身体を捻り切ったアイリは蒼髪の残像を引き伸ばし急激に白銀の帯が伸びて、その男の振り下ろしてくる剣に激突した。
凄まじく甲高い音と火花が広がり男の手から抜け飛んだ剣が高速で回転し走って来た元の地面に突き立った。
その甲冑の男は馬の鞍横に下げたもう1振りの剣を引き抜き振り上げ、操馬台に座るイルミ王女へ馬を突進させると荷馬車後方から駆けて来た女騎士ヘルカ・ホスティラが男の馬の首を切り落とした。
甲冑の男は前のめりになった馬から前へ放りだされヘルカを飛び越し彼女の後ろへ転げ落ちた。
男は剣を拾い上げ鎧をがちゃがちゃ言わせ素早く立ち上がると振り向き剣を構えた女騎士へ怒鳴った。
「貴様らだな! ヨルンの街とその周辺で奴隷を買い取り自由にさせ騒ぎにさせた手引きをした冒険者パーティー!」
「ほう、一昼夜でそうも騒ぎになってるのか。我こそはノーブル国リディリィ・リオガ騎士団第3騎士ヘルカ・ホスティラ! 名を名乗──!?」
ヘルカが騎士道に則り名乗り誰何している刹那、彼女の横を猛速で蒼い輝きが飛び抜け男の振り上げた剣ブレードが中間から切れ落ち男は唖然となった。
その後ろで派手な土埃を上げ脚を滑らせながら立ち止まったアイリ・ライハラが振り向くとヘルカ・ホスティラが怒鳴りつけた。
「まったくそなたは! 騎士道も守れぬ──」
「だってぇ! わたし近衛兵だもん!」
そう言い放ち少女は男が被る兜を後ろから思いっきり長剣で横殴りした。
兜が外れ飛び男が道の端まで転がり呻きながら片膝を立てた。その瞬間、喉仏に刃が押し当てられ男が目を横に振ると長剣を片手で構えた少女が左手の指を揃え歩いてきた女騎士へ振り向けた。
「ヘルカ姉御、騎士道をどうぞ」
誰が姉御だ! 街中のチンピラみたく、と女騎士は苛つき男の身動きを奪ったアイリ・ライハラへ眉根を寄せ片膝を立てた男へ告げた。
「名乗れ。事と次第で貴殿の首──もらい受ける」
「我はウチルイ国近衛兵団第3騎士ヤロ・アホなるぞ」
いきなりアイリが吹きだした。
「ぶはははっ! 阿呆野郎だってぇ! 阿呆だってぇ────!」
笑いをかみ殺すヘルカ・ホスティラの前で首に刃当てられた男が抗議した。
「愚弄するか、貴様ら! 我はヤロ・アホ! 阿呆野郎じゃない!」
顔を赤らめるヤロへ蔑んだ視線を向けヘルカは問うた。
「その第3騎士ともあろうものが、誰何もせずいきなり行商人や農民に斬りかかるのか?」
ヤロ・アホが震える声で女騎士へ口答えした。
「ギルド酒場にいた数人がエルフと会話したパーティーの容貌を知っておった! 青髪の少女を連れた頭悪そうな頭くるんくるんの────」
「そいつの首、刎ねておしまいアイリ」
操馬台からイルミ・ランタサルが押し殺した声でそう少女に命じヘルカが苦笑いを誤魔化し口元を引き攣らせた。
「嫌だぁイルミ。馬の首刎ねて、こいつの首刎ねたら、わたし達まるで盗賊じゃん!」
場がこれ以上拗れる前に、とヘルカが剣を仕舞いながら王女に告げた。
「イルミ殿、アイリが申す様にこのものの首を刎ねれば、我ら盗賊と変わらぬ所行。このもの縛り上げ道外にでも放置しましょう」
すぐにヤロ・アホが喚きだした。
「止めろ! 鎧のままこんな所に放置するな。この辺りは荒々しい野犬の群れが出るんだ。顔だけを喰らいに来る! 騎士道にも劣る行いだぞ!」
「ヘルカ、そいつを縛り上げ放置」
操馬台のくるんくるんが落ち着いた声でそう命じるのを耳にしヤロ・アホは女騎士が冷ややかな眼つきで見下ろし唇の片側を吊り上げ横へ手を振り上げたの見て青ざめた。
「イラ、縄を!」
女暗殺者が放りよこした縄を受け取りヘルカ・ホスティラは片眉を下げ苦笑いを浮かべた。
縄には拳3つ並びの等間隔に結び目を幾つも作ってありその縄をヘルカが勢いよく両手で引っ張りぱんと乾いた音を放つのをアイリ・ライハラは眼を丸くして見つめ自分の親父と同じだと思った。
草叢に後ろ手に縛られその縄を首と足首にかけられ背後に引っ張られた姿勢で転がされたウチルイ国近衛兵団第3騎士ヤロ・アホは石をねじ込まれた口で喚き続けた。
「ほぼへへひほ、ひふへはひへほほひへはふ」
(:覚えてろ! 見つけだして殺してやる!)
喚いた直後、背後に犬の唸り声を耳にし男は顔に冷や汗を一気に浮かべた。
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