第1話 宝石の髪

文字数 1,906文字








 揺られる馬車の中で美貌の王女イルミ・ランタサルは曇り空の下に畑で働く農夫達を見つめていた。




 厳しい気候に作物の生育は良くなく、それでも少しでも多くの収穫をと汗水流す民に彼女は幸せがあるようにと願わずにはおれなかった。

 彼女の父である王ウルマス・ランタサルは長患(ながわずら)いのため、(まつりごと)は家臣であるもの達が()り行っている。それが上手くいってないと彼女が思うようになったのは、城下に出るようになってしばらくしてからだった。

 (たみ)に活気がない。

 大きな国ではなかったが、十万に近い人々が暮らす国でもあった。そのどの町や村に足を運んでも活気が感じられなかった。

 それは父の責任でもあり、16歳という年齢で(まつりごと)をおこなえると見なされていない自分の責任でもあると王女イルミは憂鬱になった。

 母が生きてさえいてくれれば、どれだけ父と自分の支えになっただろうかと時々思う。

 がたごとと揺れていたキャリッジ──四輪馬車がいきなり止まり()き馬が(いなな)いた。

 すぐに馬車横を馬に乗った警固の近衛兵(このえへい)らが走り抜け前へ集まってゆく。直後大声が聞こえ王女イルミはハッとなり窓から(のぞ)こうとして向の席に座る侍女(じじょ)に押し止められた。

「さっさと馬車から下りやがれ!」

「きさま()、この馬車に乗られている御方を誰と心得る! 王女イルミ・ランタサルなるぞ!」

「ほう!? そりゃあ失礼した。それじゃあ、金銀宝石を差し出してもらおうか!」

 聞こえてくる恐喝(きょうかつ)に王女イルミは強盗に遭遇したのだと困惑した。だが6人の近衛兵が必ず守ってくれる。そう思い彼女は侍女の隙をついて窓から顔を出し小競り合いを見つめた。

 近衛兵の前に15人ほどの男らがいた。そのそれぞれが剣や斧という武器だけでなく、(たて)まで手にして、中には甲冑を身につけたものすらいる。それら防具の紋章がそれぞれ違っていることに王女イルミはすぐに気づいた。

 様々な戦場で死んだ兵士から武器や防具を盗む盗賊がいることを家臣から耳にしたことがあった。盗賊はそれらを売り飛ばすだけでなく、それらを使い村や旅人を襲い略奪を繰り返しているという。

 人数が多すぎると王女イルミは不安になり始めた。

 直後、馬上の近衛兵に群がるように盗賊らが襲いかかった。近衛兵らは懸命に戦い数人の盗賊を切り倒したが、1人、またひとりと馬から引きずり落とされ切られ刺し殺され、御者が馬車を操りその場を引き返そうと向きを変え始めそれがいきなり中断した。

 窓から王女イルミが振り向くと走ってきた道を駄馬に()かれた荷馬車がゆっくりと追いついてきていた。向きを変えかけ立ち往生する王女達の馬車後ろに止まったその見窄(みすぼ)らしい荷馬車を操っている小柄なものを見て王女イルミは怒鳴った。

「逃げなさい! 来てはダメよ!」

 王女イルミが大声で叫んだ寸秒、盗賊らが彼女の馬車に群がってきた。その瞬間、荷馬車を操っているものがフードを被った顔を王女に振り向け、その陰から見えたのがとても美しい少女のものだと知り、咄嗟(とっさ)に王女イルミは馬車の扉を強引に開き横に来た2人の盗賊にぶつけ倒した。

 フードの少女が半身(くつがえ)し手を伸ばすと布を被せた荷台から銀色の細身のものを素早く引き抜くのが王女は見えた瞬間、3人の盗賊につかまれ馬車から引きずり落とされた。

 倒された王女イルミは盗賊数人に押さえ込まれ従者の悲鳴を耳にしながら、後続の荷馬車から飛び下りマントを(なび)かせ少女が凄まじい速さで駆けて来るのが見えていた。

 そのマント横に突き出た手に握られたものが、これまでイルミ王女が眼にしたこともない細身の反った長い剣であると気づいた須臾(しゅゆ)、少女が(むち)のように剣を振り回し、盗賊らの間を駆け抜け稲妻のような(あお)い光を踊らせ瞬間に王女をつかむ男らを斬り倒した。

 自由になった王女イルミが振り向きマント姿の少女を眼で追い瞬きした寸秒、倒した近衛兵らの鎧や武器をはがし奪っていた盗賊7人をマント姿の少女は凄まじい勢いで斬り倒し、残りの2人へ振り向き横へ素早く(やいば)を抜き下ろし帯びた血を弾き飛ばした。

 その様を眼にして残っていた盗賊は顔をひきつらせ我先に森の中へ逃げだした。

 それらの後ろ姿を眼で追いながら、マントの少女が馬車横の地面に座り込んでいる王女イルミへと歩き戻ると剣を持たぬ左手を差し伸べ声をかけた。

「怪我はないですか?」

 差し伸べられた手を握り王女イルミは立ち上がりドレスについた土を気にするでもなく尋ねた。

「あなたは? あなたこそ怪我は? お名前を」

「問題ありません。アイリ・ライハラといいます」

 そう言って左手でフードを後ろに下ろすと広がった髪に王女イルミは息を呑んだ。



 とても美しい(あお)い宝石のような髪をしていた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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