第7話 手立て
文字数 2,057文字
小屋の外に繋がっていた冥府からの門を抜けアイリとヘルカが部屋に戻るとイルミ・ランタサルが両腕広げ出迎え、テレーゼ・マカイが安堵 の表情を浮かべノッチが無事な帰還を頷 いて出迎えた。
アイリはまずくるんくるんに別状ないことで安心しテレーゼに襲撃者のことを尋 ねた。
「テレーゼ、お前が見たのも白髪の髪の長い奴だったのか?」
テレーゼはヒルダよりも冷静に状況を見て覚えていた。
「ええ、ただその銀髪が長いだけでない。風もないのに旗のように踊っていた。それにとんでもない速さで動く。私の得意技を躱 せたのはお前とイラ・ヤルヴァだけだったのに────それより、奴はどこから入り込んだのだ?」
その問いにイルミが付け加えた。
「ドアが開いたのを覚えています。考え事をしていて寝入っていたわけじゃないので、ノッチが出てすぐにドアを閉じたのは知っていました。足音もさせずあれは室内に入ってきてます」
足音どころか気配すらなかった。扉外の傍 に陣取っていたので隠れて室内に入るのは不可能だった。もしやと唯一の窓に少女は視線を向け雨戸が閉じられ閂 がしっかりかかっているのを眼にし眉根寄せた。
飛び込んでアイリはヘルカが倒れるのを眼にしテレーゼの呪いの叫びを目 の当たりにした。だが部屋反対側の壁が裂けた時にその白髪の奴は姿も気配もなかった。
なぜ自分には見えなかったのだと少女は困惑した。他の4人は確かに眼にして対応しようとしたのだ。
4人が幻術に振り回されたわけではない。
何よりも幻覚の類 でない証拠にヘルカは右腕を斬 り落とされた。
動きがとてつもなく速くしかも見えなければ、いいように 殺 られてしまう。
「襲って来たのは、女だと思います。吊り上げた唇に紫で顔作りしていたから」
イルミがそう教え、銀盤の魔女なのかとアイリは驚いた。吊り上げた唇!? 笑いながら襲いかかってきたのか?
まだ接触もしていない段階で襲って来るのは警告だった。
来るな! と言ってる。
そいつの領域に踏み入り怒りをかったか!? だがイウネ族の地までまだ数日はかかる。とても遠いじゃないかとアイリは鼻筋に皺 を刻んだ。
それに脳筋 でもヘルカ・ホスティラは戦 では天賦 の才を見せる。それを刃 ぶつけることなく易々 と斬 り捨てた。銀盤の魔女かどうかはわからないが、手練 れの剣術を身につけている。
魔女のくせに!
「くるんくるん、危険だとわかったら帰る約束だ。ヘルカを護衛につけるからデアチへ帰ってくれ」
アイリが顔を見つめ本気だぞと脅しながら警告した。
「無駄ですよアイリ。私 ももう目をつけられましたから。魔女の腕はとてつもなく────」
「────遠くにまでとどくのです」
粗末なベッドに腰掛けた王妃 が組んだ腕で指先をしきりに動かしていた。その昆虫の足のような忙 しない動かし方にアイリ・ライハラは気づき顔を強ばらせた。
どうやらその襲撃者はくるんくるんをもの凄く怒らせたみたいだ。
視線を逸らしたアイリ・ライハラはノッチが浮かぬ顔でいることに眼を細めた。
こいつ天上人 の癖にたかが魔女に何をそう悩んでいるんだ!?
アイリの視線に気づいた青竜が笑みを浮かべてみせた。
「笑顔じゃ────ねぇ」
作り笑いにアイリ・ライハラは言い捨てムスッとして人の姿した守護聖霊の横を通り抜け長剣 を抜いて刃口 を床に突き立てドアの横の床に座り込んで壁に背を預けた。
手を出せなかったことが心底腹立たしかった。
胸騒ぎがしてイウネ族のトンミは夜中に眼を覚ました。
油皿に芯を載せた申し訳程度のランプの場所は知っている。だが夜、起きている時は決して灯りをつけない。
1度眼にした銀盤の魔女は月明かりだろうが、雪明かりだろうが、ともかく明るい場所に現れる。
集落を襲ったあいつは離れた家々を襲うのに雪積もった地面を歩き回らなかった。
明かりの灯った家々を次々に襲ったのは、明るさに幾つも広がる影を自在に出入りするのかと、トンミは若いときに考えた。
だがあれは外の暗闇を自在に出入りできない。
トンミは影と暗闇の違いを正確に理解できなかったのでどうしてあいつが暗闇を歩き回らないのか理由がわからなかった。
子どもの時、助かったのは泥のような色合いの肥溜 めに頭まで浸 かり土と見分けがつかなかったからだとトンミはいつの頃からか思うようになった。
明るく目立つところにあいつは渡り襲いかかった。
そう思うようになってトンミは粗末な家を飾らず、部屋に余計なものを置かなくなった。まるで洞 のような彼の家は集落で1番汚く水瓶 さえ必要な時以外蓋 をしている。
身につける衣服もぼろぼろになり汚れ土のようだった。
顔さえ粘土と油をこすりつけたような汚れきった風体に集落の他のものらは近づきもせず、声もかけない。
そうやってトンミは生きてこれた。
もしも、この集落にあれが来ることがあっても、もう一度、生き延びれる予感はあった。
目だってはいけない。
飾ってはいけない。
意味も知らず重ねてきた生き延びる術 に銀盤の魔女の避ける秘策が潜んでいた。
アイリはまずくるんくるんに別状ないことで安心しテレーゼに襲撃者のことを
「テレーゼ、お前が見たのも白髪の髪の長い奴だったのか?」
テレーゼはヒルダよりも冷静に状況を見て覚えていた。
「ええ、ただその銀髪が長いだけでない。風もないのに旗のように踊っていた。それにとんでもない速さで動く。私の得意技を
その問いにイルミが付け加えた。
「ドアが開いたのを覚えています。考え事をしていて寝入っていたわけじゃないので、ノッチが出てすぐにドアを閉じたのは知っていました。足音もさせずあれは室内に入ってきてます」
足音どころか気配すらなかった。扉外の
飛び込んでアイリはヘルカが倒れるのを眼にしテレーゼの呪いの叫びを
なぜ自分には見えなかったのだと少女は困惑した。他の4人は確かに眼にして対応しようとしたのだ。
4人が幻術に振り回されたわけではない。
何よりも幻覚の
動きがとてつもなく速くしかも見えなければ、
「襲って来たのは、女だと思います。吊り上げた唇に紫で顔作りしていたから」
イルミがそう教え、銀盤の魔女なのかとアイリは驚いた。吊り上げた唇!? 笑いながら襲いかかってきたのか?
まだ接触もしていない段階で襲って来るのは警告だった。
来るな! と言ってる。
そいつの領域に踏み入り怒りをかったか!? だがイウネ族の地までまだ数日はかかる。とても遠いじゃないかとアイリは鼻筋に
それに
魔女のくせに!
「くるんくるん、危険だとわかったら帰る約束だ。ヘルカを護衛につけるからデアチへ帰ってくれ」
アイリが顔を見つめ本気だぞと脅しながら警告した。
「無駄ですよアイリ。
「────遠くにまでとどくのです」
粗末なベッドに腰掛けた
どうやらその襲撃者はくるんくるんをもの凄く怒らせたみたいだ。
視線を逸らしたアイリ・ライハラはノッチが浮かぬ顔でいることに眼を細めた。
こいつ
アイリの視線に気づいた青竜が笑みを浮かべてみせた。
「笑顔じゃ────ねぇ」
作り笑いにアイリ・ライハラは言い捨てムスッとして人の姿した守護聖霊の横を通り抜け
手を出せなかったことが心底腹立たしかった。
胸騒ぎがしてイウネ族のトンミは夜中に眼を覚ました。
油皿に芯を載せた申し訳程度のランプの場所は知っている。だが夜、起きている時は決して灯りをつけない。
1度眼にした銀盤の魔女は月明かりだろうが、雪明かりだろうが、ともかく明るい場所に現れる。
集落を襲ったあいつは離れた家々を襲うのに雪積もった地面を歩き回らなかった。
明かりの灯った家々を次々に襲ったのは、明るさに幾つも広がる影を自在に出入りするのかと、トンミは若いときに考えた。
だがあれは外の暗闇を自在に出入りできない。
トンミは影と暗闇の違いを正確に理解できなかったのでどうしてあいつが暗闇を歩き回らないのか理由がわからなかった。
子どもの時、助かったのは泥のような色合いの
明るく目立つところにあいつは渡り襲いかかった。
そう思うようになってトンミは粗末な家を飾らず、部屋に余計なものを置かなくなった。まるで
身につける衣服もぼろぼろになり汚れ土のようだった。
顔さえ粘土と油をこすりつけたような汚れきった風体に集落の他のものらは近づきもせず、声もかけない。
そうやってトンミは生きてこれた。
もしも、この集落にあれが来ることがあっても、もう一度、生き延びれる予感はあった。
目だってはいけない。
飾ってはいけない。
意味も知らず重ねてきた生き延びる