第19話 虚(きょ)

文字数 1,697文字


「ひぃぃぃい!!!」

 眼にした瞬間の第一声が悲鳴だった。

 行く手を塞がれ蛮族の女総大将ヒルダ・ヌルメラは本気で絹裂(きぬさ)く声漏らした。

 彼女の背後からは(おぞ)ましい臓腑(ぞうふ)の化け物、前をのたくる人の脚ほども太さある蚯蚓(みみず)のような絡み合う数百の触手。

 屈強な女剣士は片腕でアイリ・ライハラを抱きかかえ両の崖を振り向き登れそうな足場を必死な形相で探した。

 少女の群青の髪と甲冑(アーマー)発する青い光に見える岩壁に簡単に登れそうな手掛かりが見つからない。

「下ろせ──ヒルダ────」

 小脇に抱えた少女からそう命ぜられヒルダは荒い息に肩を揺すりながら動転した。

「下ろしてくれ──」

 ヒルダ・ヌルメラは驚いたように腕を振り上げて(きわ)に少女を落とした。

「痛ぇ────なぁ」

 落とされたアイリ・ライハラが地面に片腕着いて上半身を起こしヒルダの(そば)胡座(あぐら)かいて座り込んでおろおろする大柄(おおがら)な大人を見上げた。

気圧(けお)されるな」

 素っ気なく言われヒルダは横下を向くと少女が顔を振り上げ半眼の瞳が見上げていた。

「はぁ────!?」

 恩師はこの苦境を理解してないのか!? それとも生き延びることを投げだしたのか!?

「キルシの思うつぼだぞ。裏の魔女は人の苦しみが生きがいって云われてるだろ」

 ああぁ──────アイリ・ライハラはどこまでもこの青い色合いと同じく冷徹なのだとヒルダ・ヌルメラは息を呑んだ。

「ど、どうするのですアイリ殿ぉおお」

「声を裏返させるなよ」

 盟友にそう告げながらアイリはすくっと立ち上がると帯刀のハンドルに右手をかけた。

「触手は化け物の末端だろ。切り捨てても際限ないぞ」

 少女がそう助言した寸秒、山羊(パサン)の親が後ろ足を触手に捕らえられ叫びだした。子の山羊(パサン)は怯えたものの親の足首に巻きついた触手に咬みついた。

 その子羊が両の後足を複数の触手にからめ取られ(ひざ)を落とした。

抜刀(ばっとう)に────(あたい)する」

 そうアイリ・ライハラが言い捨てたのがヒルダには確かに聞こえた。

「ナイン・ステップ!」



 いきなりヒルダ・ヌルメラの目前に躍り出た群青の稲妻が山羊(パサン)親子の前後に激しく揺れた刹那(せつな)(けもの)捕らえた触手がバラバラに()れ散った。



 自由になった四つ足は急いでヒルダの方へ駆けだし、その後をアイリ・ライハラが(ブレード)に着いた血肉を横への一振りで(ぬぐ)うと長剣(ロングソード)(スキャバード)に仕舞いながら歩いてきた。

「お、お見事ですが────アイリ殿、御仁(ごじん)が触手は()っても無駄だと(おっしゃ)ったではないですか」

「捨ておけなかったんだよ」

 アイリの言い分にヒルダは(あご)を半落としにした。

 歩いてくるアイリ・ライハラの後ろを急激に他の触手が迫り少女は気がつくと(あわ)ててヒルダの方へ駆けだした。

 ヒルダの横を山羊(パサン)親子が駆け抜け蛮族の女総大将はアイリを追い迫る触手の群れに顔引き()らせ後退(あとず)さり(きびす)返そうとして声張り上げて駆けてくる恩師に(たず)ねた。

「ど、どうするんでござるかぁ!?」

「逃げろヒルダぁ!」

 鉄靴(サバトン)踏み鳴らしながら怒鳴るアイリ・ライハラは唖然とするヒルダを追い抜き女総大将は焦って迫る触手に背を向けて走りだした。

「そっちに逃げるとヤバいっすよアイリ殿ぉおお!」

 前を行く少女にヒルダ・ヌルメラが警告すると少女の先を走っていた山羊(パサン)親子がいきなり宙に浮き上がった。

 アイリ・ライハラが立ち止まり見上げると青い光りに照らし出された空中の触手が山羊(パサン)らを(つる)し上げていた。

 ヒルダの目鼻先でしゃがみこみ帯刀に右手かけるアイリ・ライハラを眼にし女総大将は気づいた。

 だめだ跳び上がると!

 足場のない空中で襲われたら逃げようがない!

 ヒルダが片手伸ばし警告しようとした寸前、アイリ・ライハラが長剣(ロングソード)を引き抜き凄まじい勢いで跳び上がった。





 逃がしはしない。

 もはやこの渓谷(けいこく)は我が領域。

 逃げ道を塞いだ直後、駆け戻ってくるアイリ・ライハラと蛮族の女総大将の気配、それに先んじ中型の(けもの)の気配がしていた。

 1度は捕らえた山羊(パサン)らだと薄れゆく意識で魔女ミルヤミ・キルシは思いだした。

 それをアイリ・ライハラは解き放った。

 1度やるならまたあれは同じことを繰り返す。


 愚かにも罠に踏み込む。



 空に伸ばした触手急激に下ろし化け物は四つ足ら親子を吊り上げた。






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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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